子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
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『カッサンドラ』と悲劇の意味

クリスタ・ヴォルフをご存じでしょうか。

旧東ドイツの女流作家。かつてナチス敗北後の社会主義建設に、人類のきたるべき姿を見出そうとあこがれた少女。

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党にはいり、その文化戦線の輝かしい活動家となりました。しかし東ドイツの社会主義は、徐々に彼女の理想とはなれていく。あるいは彼女の書くもの、行動に対して規制を強めていく。党の路線と彼女の社会主義的理想との、言葉は同じでもかけ離れていく実態‥‥‥。ある事件を契機に、彼女は党によって監視される存在になりました。


恒文社のクリスタ・ヴォルフ選集は、そうした時期の、つまり党の公式路線とあいいれなくなった時期の彼女の小説、評論集です。

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『チェルノブィリ原発事故』(本当は『故障』というぐらいのさりげない題だったのですが、ちょっとセンセーショナルな題名に意訳されてしまいました)、

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『どこにも居場所はない』、『夏の日の出来事』、『作家の立場』、『ギリシアへの旅』など、7冊におさめられたコンパクトともいえる選集。

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『カッサンドラ』は、そのなかで、もっとも小説らしい小説です。


カッサンドラは、トロイ戦争のさなか、ギリシア軍に包囲されたトロイの王女のひとりでした。

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アポロンとの契約で、カッサンドラは未来を預言する力をさずけられます。しかしそのときアポロンの誘惑を拒んだ報いとして、そのことばは人々から拒否される、そんな呪いをうけてしまいます。ひとは彼女の警告に耳を貸さない‥‥‥たとえそれが人々の将来をあやまらせることになるとしても。

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   15世紀 仏『トロイア史再述』挿絵 『ギリシア神話の世界』東洋書林より


何年も何年もつづいた戦争は、ギリシア側の謀略によって終結します。例のトロイの木馬です。カッサンドラの警告は、この時も人々のとるところとならなかった。彼女は捕えられ、ギリシアに送られていきます。その先には屈辱の死が待っています。

恋人が彼女を救おうとします。勇敢な少数の兵士をひきいて落ちのび、新しい権力を樹立しよう。新しい天地で、新しい王国を築き、新しい文明を起こそう。あなたはわたしの伴侶となり、国の預言者となる。しかしカッサンドラは拒否します。屑そのもののような敵将におかされながらも、彼女は静かにトロイと運命をともにしていく。彼女の前に、どこまでも澄みきったギリシアの青空がひろがります。

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王女カッサンドラは、言うまでもなく作者クリスタ・ヴォルフの分身です。高潔な目標をかかげた社会が、その内部から腐っていく。最初は目につかないところから、ゆっくりとゆっくりと侵食する腐敗。カッサンドラは(ヴォルフは)それを知っている。しかし彼女の警告に耳を貸すものはない。やがて腐敗は一挙にすすみ、その崩壊はとめることができなくなる。

ならば、その社会を超えればいい。そんな腐った社会は見限り、新しい権力と制度を創造するために闘えばいい。恋人はそう呼びかけます。しかしカッサンドラは(ヴォルフは)そうすることができない。あるいはしようとしない。なぜならその社会は、たとえ今やお題目にすぎないにせよ、彼女の理想を看板にした社会だからなのです。
むしろ彼女はみずからの理想と(理想の亡霊と)、そして腐りはてた社会と心中する道をえらんでいく。

これはあきらめでしょうか。

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あきらめかもしれません。しかしあきらめにしては至極意志的にも思えます。意志的にあきらめている、といったほうがいいかもしれない。

あるいはそれは抗議かもしれない。抵抗かもしれない。無抵抗の異議申立てかもしれない。

それにしても感じられるのは、彼女の静かで透明な洞察と意志、男性的な論理につらぬかれることのない、海や空のような存在感。‥‥‥永遠性。

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            ベルリン鉄の壁 1997年


社会主義という理想が、少なくともソ連や東欧で試されたような形では存在し得ないという現実がつきつけられて四半世紀、リセットされた世界はしかし搾取と苦渋に満ちている。人々は何をたよりに生きなければならないのでしょうか。

新しい希望が芽生えるために、ひとは何年、あるいは何世紀待たねばならないのか。

文明とは何か。文明の目的とは何か。

その基準が普遍的価値で裏打ちされないとしたら、良心的でありつづけるということにどんな意味があるというのか。

ほうりだされた知識人にとって、世界はあまりに重く不気味です。


ただ少なくとも考えることだけは、やめてはいけない。思考の停止は単に不可解の闇をあつくするだけだから。

わたしの耳に、ヴォルフの声はそんな風にきこえます。

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  アキレウスに殺されるアマゾネス女戦士 前掲『ギリシア神話の世界』より


敵軍に包囲された数年のうちに、王女カッサンドラは陋劣な男たちを見限って、新しい価値観をもった女たちの集団にちかづいていきます。男の支配を拒否したとき、彼女は王女カッサンドラではなくなる。「王女」という男性の支配体制にくみこまれた存在でなく、ひとりの生きた存在としての女性‥‥‥そうしたものに変わっていこうとします。しかしそれはまだ可能性にすぎない。その可能性はトロイの敗北によって断ち切られ、カッサンドラの死は、「王女の死」以外の何ものでもないかたちで無惨に強制されていく。

その挫折の美しさは古典的ですらあります。


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現代における悲劇の意味はどこにあるのか。

それはまたひどく大きな問題で、今日それを書きつくす時間はないけれど、少なくともこの世界が希望に満ちた世界でないことだけはわかっています。わたしたちがこの世界を生きていくために、おそらく可能な選択は二つしかない。

ひとつは見ない振りをすること、世の中にはなにも問題はないと笑うこと。

もうひとつは現実を直視する勇気をもつこと、たとえ有効な解決策は見つからなくとも叡智をもって立ち向かうこと。

無論選ばねばならない道はひとつしかありません。

悲劇はたぶんその選択にあたっての道義的援護のためにあるのでしょう。わたしはそう思っています。

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by march_usagi | 2018-11-24 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

三度読みのすすめ

二度読んだ本はたくさんあります。

一度ではよくわからんかった、って場合もありますし、

買ったことすら忘れて、ページくっているうちに前に読んだこと思いだす場合とか‥‥‥


でも三度読む、それ以上読むとなるとやはり限られてきます。

それなりに重さがあるものに違いない。

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古典では、『源氏』

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『平家』、

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『古事記』に『雨月物語』といったあたりがそうでして、このひとたちは仲のいい友だちみたいな気がします。

日本の著作で近代以降のものはありません。


海外のものももちろん多くはなく、

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マルローや

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ヘミングウェイの小説のいくつか、

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クリスタ・ヴォルフ、

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クローデルの『灰色の魂』と云ったあたりでしょうか。

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ずいぶん久しぶりにレマルクの『凱旋門』を読みました。

最初に読んだのは学生のころだから40年はむかし、二度目は20年前かと思います。

ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、ナチの迫害をのがれた医師が、愛するひとの命と、自らの生活とをうばったゲシュタポを殺害するという話‥‥‥

復讐劇を縦糸に、ファム・ファタルと云ってよい女性との恋愛が横糸にからんで、大戦前夜の不穏な欧州の日々が濃密にえがきだされます。


三度目の良さは、これだけ重くこみいった内容であっても気軽に読めるという点‥‥‥

筋と結末はわかっていますから、そこでやきもきする必要はありません。

ただそこに至る構造と伏線を発見し味わうこと、

また読みかえす年月がはなれていたのなら、その間たくわえた自分の人生が投影されます。

ラヴィックとジョアンの情事など、所詮子どもにはわかりません。

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古い背表紙をながめるのは楽しいものです。

本の肩に指をかけ、ひきだしたものが三度目以上のものならば、それは終生の友人とめぐりあったということ‥‥‥

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そんなこと思いながら、秋の夜長をすごします。


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by march_usagi | 2018-11-17 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(0)

冷めてゆく愛‥‥‥動物園とわたし

子どものころの夢で、

動物園のとなりに家がある、というのがありました。

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好きなときに生きた獣たちと会える‥‥‥それも世界中の動物たちと!

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夢はほぼかないました。

バスで15分、歩いても行けるくらいのところにズーラシアという動物園ができました。

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それもこの国最大級の広さ、

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展示もできるだけもとの暮らしにちかいものを心がけています。

わたしとしては、まことに喜ばしい環境というべきであります。


なのに、

なのにこのところ、‥‥‥

いく気がうせてきました。

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そう、

なんかなぁ、の気分なのであります。


たぶん、

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たぶんわたし自身に自由な時間ができ、

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野生の生きものたちとじかに会う機会が増えたから。

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自由な生きものたちの、

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自由な暮らしと向きあうようになったから、

それがごく普通になってきたから、

だと思います。


動物園のどんなにやさしい施設でも、

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生きものがそこに囚われている事実は否めない。

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あてがい扶持の日々をくりかえすことに変わりはない。

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危険もないかわりに、生きがいもはりあいもない。

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とりわけチンパンジーを観ているのはつらい。

まるで自分自身がそこに囚われ、裸のすがたをはやされているような気分になります。

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近所の畑で、またノウサギの足跡をみつけました。

この春にも見かけたあたりです。

並行して、一直線のイヌのような足跡もありました。ひょっとしたらキツネかもしれない。

やはりこのあたりにいるんだ。


すがたが見えなくともいいのです。

生きていることがわかれば‥‥‥

厳しく危険でつらい毎日かもしれないけれど、

自由に生きていることがわかれば‥‥‥

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かえりみて、‥‥‥

わたし自身はどうなんだろう?


囚われていたのかな、

それとも自由に生きてきたのかな‥‥‥考えています。


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by march_usagi | 2018-11-10 00:00 | 生きものたち | Trackback | Comments(2)

日に一本のバス

週に一回は図書館に通います。


道の途中、相沢あたりの小川にかかった橋の表示、

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「相沢 三の橋」と読むのだと思います。

でもつい

「相沢さんの 橋」と読みたくなってしまう。

相沢は地名ですが、

それに由来するのでしょう、このあたり相沢姓もけっこう多いのであります。

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その相沢にあるバス停、

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なにげなく見たら日に一本しか走らない!

あらためて見ても、

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往き帰りでやはり一本ずつ。


僻地ならまだしも‥‥‥

ここ、横浜だよなぁ、

なにかあるんだろうか。

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たとえば特別の行商があって、その商人(あきんど)専用の路線だとか、

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ホグワーツみたいな妖怪専門学校の路線だとか‥‥‥


おバカな妄想がふくらみます♪

で、

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乗ってみました。

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定刻やや遅れて普通にバスがきて、

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ごく普通に発車する。

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ちゃんと混んできたりもして‥‥‥


隣のおばさんに、「ふだんも使うのですか?」と訊くと、

「うん、たまに。 きょうは電車が停まってるし」とのこと。

この日、鉄道が事故で不通になったので、ちょうどよかったそうでありました。

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バスはありふれたコースを、これまたありふれたスピードで走り、

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ふつうに乗降をくりかえして、

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無事終点につきました。


お化けも行商もなし。

あたりまえでしたね。

でもなんで日に一本なんだろう?


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by march_usagi | 2018-11-03 00:00 | そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)