子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
by march_usagi
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
ライフログ
アウシュビッツの沈黙

アウシュビッツの沈黙

カテゴリ
全体
海の外そぞろ歩き
そぞろ歩き
道ばたの神さま
わたしのお寺と神社
生きものたち
まつろわぬ草木
ちょっとこだわり
おいしいもの好き?
秘密の本棚
匠のおしごと
そのほか
未分類
わたしの好きなブログさん
以前の記事
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
最新のコメント
ターコーへ 源流ってそ..
by march_usagi at 11:30
otyukunさま さ..
by march_usagi at 11:27
暑い最中に山歩きはきつい..
by otyukun at 06:53
otyukunさま 祇..
by march_usagi at 10:41
良く研究されていますね。..
by otyukun at 06:47
otyukunさま 「..
by march_usagi at 16:07
左馬と鯖、読み方だけの関..
by otyukun at 06:56
otyukunさま 鴨..
by march_usagi at 13:14
川遊びは子供の特権ですね..
by otyukun at 06:58
otyukunさま 普..
by march_usagi at 11:17
最新のトラックバック
かたくりの花 ~箱根湿性..
from 鴉の独りごと
ミズバショウ ~箱根湿性..
from 鴉の独りごと
一夜明けて
from 鴉の独りごと
ノートルダム大聖堂とラテ..
from dezire_photo &..
湿生花園 復元区火入れ3..
from 鴉の独りごと
湿生花園 復元区火入れ2..
from 鴉の独りごと
湿生花園 復元区火入れ1..
from 鴉の独りごと
仙石原植生復元区 火入れ..
from 鴉の独りごと
明神さんの狛犬たち ~Y..
from 鴉の独りごと
燈明堂跡より ~Yoko..
from 鴉の独りごと
検索
ブログパーツ
最新の記事
境川源流‥‥‥ついでだから夏休み
at 2018-08-11 00:00
サバの神‥‥‥境川流域の謎の..
at 2018-08-04 00:00
サバの神‥‥‥境川流域の謎の..
at 2018-07-28 00:00
わすれていた景色‥‥‥境川小景
at 2018-07-21 00:00
楽しんでいるのだ!‥‥‥大磯..
at 2018-07-14 00:00
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
オヤジ
歴史
画像一覧

カテゴリ:わたしのお寺と神社( 29 )

サバの神‥‥‥境川流域の謎の神社群 ②

前回、境川の中流に散在する「サバ神社」を紹介しましたが、もう少し考えてみたいと思います。

『鶴見川・境川流域文化考』を書かれた小寺篤さんは、サバの神の「サバ」とは、「さんばい」のことであろう、と云います。

a0278809_14021825.jpg

吉川弘文館の『日本民俗辞典』には、「サンバイは、主に中国地方で用いられる語で、田の神のこと。田植えにあたって降臨し、稲の成育を司る稲霊と考えられた。」とあります。さらに「サは稲霊を意味すると解釈され、田植え月をサツキ、田植えにあたる女性をサオトメ(早乙女・五月女)と呼んだ。」とつづきまして、中国地方のサンバイサンの行事を紹介しておりました。

氏は早川孝太郎さんの著書『農と祭』から、高知に「佐婆恵」「佐部」「佐波井」といった名の神社が多数あることもひいております。


このサバ=サンバイ説はここらで定説となっておりまして、神奈川新聞社の『かながわの川』にも紹介されていました。

a0278809_14024616.jpg

たしかに境川の中下流域にはいまも田がひろがり、往古「田の神」の需要はまちがいなくあったとは思います。

田の神サンバイサンが約められて「サバの神」となったと‥‥‥

a0278809_14031477.jpg

ただ、根から天邪鬼のわたしはふと疑問をいだきました。


それが境川とどうつながるのか?

a0278809_14034272.jpg

それならなぜ相模川や酒匂川、多摩川といったもっとメジャーな川の周辺にないのか?

神奈川の穀倉地帯は茅ヶ崎です。田の神というなら、どうしてそこにサバ神社がないのか?

a0278809_14041425.jpg

そもそも田の神なら稲荷がいます。

本名ウカノミタマさんは、稲をはじめとした作物の神霊です。

全国的にめちゃんこメジャーな神さま、

a0278809_14043883.jpg

このあたりにもいっぱいあって、ひとびとの生業を見守っていらっしゃいます。

稲荷でいいじゃん、なんでサバでなきゃいけないの!

a0278809_14050095.jpg

先日瀬谷の左馬神社を撮っていたら、地元のお爺さんが話しかけてきました。

「むかしはよう、七サバ参りなんかやったもんだけどよう。」

a0278809_14052207.jpg

いまは廃れてしまいましたが、このあたりには「七サバ参り」という風習があったそうです。

‥‥‥はしかや疱瘡、百日咳などのはやり病がひろがると、きめられたサバ神社、七社にお参りしたと‥‥‥疫病封じのご利益があったのですね。

a0278809_14054723.jpg

疫病で思いうかぶのは「蘇民将来」のおはなし‥‥‥皆さんご存じとは思うのですが、『日本民俗辞典』からふたたび引用いたします。

「蘇民将来と巨旦将来という兄弟がいた。あるとき武塔神が宿を乞うたところ、裕福な弟の巨旦将来はこれを拒否したが貧しい兄の蘇民将来はこれに応じて手厚くもてなした。数年後に神が子を率いて蘇民将来の家を訪れ、その家族に茅の輪を腰につけさせてから、神力をもって疫を起し他をことごとく滅ぼし、これからも茅の輪を腰につけたら疫病から逃れられるといったという」

a0278809_14060926.jpg

武塔神は典型的な疫病神でありまして、これを信仰すれば疫病を免れる、そうでなければ疫病をまき散らすというちょっとめんどくさい方、

あるところで武塔神は「われはスサノオである」と名乗ったといいます。京の八坂神社が、この伝承をもっていたと思います。

a0278809_14063768.jpg

ご近所では、天王町の橘樹神社がこの伝承を伝えていて、祭神はスサノオです。


わたしはじつはこのあたりにサバの神の正体が潜んでいるような気がします。

つまりサバとはこの地域の土着の疫病神ではなかったか。

a0278809_14071107.jpg

境川は暴れ川でした。わたしの子どものころは、支流の柏尾川ともどもよく氾濫して人々を困らせました。

a0278809_14073052.jpg

俣野に設置された遊水地は、この氾濫を緩和するためのもの、効果はでてきたようです。


河川の氾濫は衛生状態を悪化させます。疫病の温床ともなる。

洪水と疫病の二つの災厄をもたらす神に対して、その怒りをしずめ、平穏な暮らしを祈った。その地域的な神の名が「サバ」ではなかったのか‥‥‥


むろん、なんの根拠もありません。

でもそんな気がする。それが「七サバ参り」の風習につながっているのではないかと。

a0278809_14075546.jpg

下和田の左馬神社は奇妙なつくりになっています。

本来拝殿のあるところに、大きな神楽殿が控えています。

日々の祈りとは別に、祭りの日の大きな催しが、神をなだめる大切な行事としてあったのでしょう。

a0278809_14081929.jpg

とはいえ、ここまで拝殿本殿いじけさせなくても‥‥‥

まこと、謎の多い神さまではいらっしゃいます。


[PR]
by march_usagi | 2018-08-04 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(2)

サバの神‥‥‥境川流域の謎の神社群 ①

なんの変哲もない川ですが、境川には小さな謎があります。

a0278809_11425676.jpg

左馬、佐婆、鯖といった名称をもつ神社が、中流の大和市から横浜市、藤沢市にかけて12社もある。他ではきかれないお社です。

a0278809_11432741.jpg

こちらは横浜市瀬谷区の左馬神社、

祭神は左馬頭(さまのかみ)義朝ということになっています。

a0278809_11435896.jpg

コンクリート造りの近代的なたたずまいですが、来歴は不明、

小寺篤氏の研究によれば、鎌倉の初期、この一帯に勢力のあった源氏ゆかりの氏族、おそらく渋谷氏が、祭神に左馬頭義朝をあてたのではないか、ということでした。

a0278809_11444634.jpg

相鉄線いずみ中央駅ちかくの中之宮、

a0278809_11450721.jpg

扁額には左馬」とありますが、

a0278809_11452942.jpg

境内の石碑には「鯖大明神」と刻んであります。


もう少しくだって支流の泉川が本流に合流しようとする鍋屋あたり、

a0278809_11455481.jpg

あやうく見落としてしまうようなお社ですが、

a0278809_11461519.jpg

こちら堂々たる「鯖大明神」‥‥‥「左馬」という字はつかっていませんでした。

a0278809_11463578.jpg

人気のない境内の拝殿裏を覘きにいったら、慌てたタヌキがとんで逃げました。

a0278809_11465927.jpg

裏にまわるとタイワンリス、こちらは逃げもせずに睨み返します♪


神社をいくつかまわって、少し見えたものがあります。

a0278809_11471844.jpg

左馬」と「鯖」では、どうも「鯖」の方が古いらしい。


周知のように、神奈川の地は鎌倉幕府の本拠地でした。

左馬頭義朝は将軍頼朝のお父さんです。

配下の氏族が頼朝にヨイショしようと‥‥‥旧来の「サバ」という名に「左馬」という字をあてて読んだ、なんてことはありそうな話です。


源氏の祖先ではもうひとり、多田満仲という方も左馬頭でありました。

a0278809_11474315.jpg

先述の小寺氏は、支流の和泉川沿いの左馬神社が義朝でなく満仲を祭神としているのは、多田氏に近い泉氏がこの一帯をおさえたからではないか、といいます。

こちらもうなずける説です。

要するにもとの「鯖」なり「佐婆」神社に、源氏関係者が「左馬」の字をあてた、と‥‥‥ここまでは納得です。

a0278809_11480793.jpg

ただ、であるならば本来の「鯖」の神、あるいは「佐婆」の神とはなんだろう?


むろん古事記や書紀にはでてこない神名でありまして、謎の神格、どこかに答えが書いてあるわけではありません。

なんの神さまなんだろう?

次回で、少し考えてみようと思います。


[PR]
by march_usagi | 2018-07-28 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(2)

沿線の散歩道‥‥‥小田急線

思いがけずいいお社にであいました。

a0278809_11285191.jpg

大和の下鶴間 諏訪神社です。

a0278809_11291674.jpg

もとは諏訪神社をなのっていたわけでないのだそうですが

いつ、だれが勧請したのか、由緒・来歴ははっきりしません。

a0278809_11312753.jpg

これだけの造りのわりに村の鎮守さんというのも解せませんが、

まずは気もちのいい神社です。

a0278809_11315379.jpg

獅子と狛犬は新旧二組ありまして、

a0278809_11321774.jpg

どちらも趣があります。

a0278809_11323961.jpg

末社のお稲荷さんも、こじんまりとして清潔だし、

a0278809_11330049.jpg

きつねのなにやらモダンな顔つきも好感もてました。


ここは、

a0278809_11332459.jpg

あるアプリで見つけました。

a0278809_11335478.jpg

小田急沿線の自然ふれあい歩道を、駅ごとに紹介するアプリです。

a0278809_11342873.jpg

画面のとおりにたどっていくと、こんな散歩道があらわれます。

a0278809_11345395.jpg

気になるものがあったら寄り道すればよろしい。

a0278809_11352684.jpg

a0278809_11354725.jpg

コースは全部で5kmほどの道のりでした。


勤めているあいだは行きかえりになるべく歩こうと思っていました。

a0278809_11361571.jpg

銀座があるのでけっこう楽しめたのですが、

それもあと数か月‥‥‥勤めが終わったらどこをたどろう?

近所の散歩と思ってみても、新興住宅街はちっとも面白くありません。

a0278809_11364066.jpg

そんなときにこうした方法もあると気づきました。

ちょっとだけ電車に乗って、歩いたことのない路を行く‥‥‥

悪くないな、と思いました。


[PR]
by march_usagi | 2017-09-02 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(2)

サルタヒコの不思議

先日の「YOKOSUKA海道ウォーク」の道すがら、

a0278809_15441161.jpg

住吉神社を見かけたので立ち寄りました。

摂津は住吉がご本家の神さまで、関東ではそれほど多くない。

a0278809_15443441.jpg

でも主神の筒男三兄弟は、イザナキが黄泉國から生還後 禊しつつ産んだ水の神ですから、

三浦半島の海沿いにあって少しも不思議ではありません。

気になったのはこちら、

a0278809_15454211.jpg

境内のひと隅にずらりとならんだサルタヒコさん‥‥‥四基もあります。

付近に由来書のようなものもなく、そばの石にわずかに「安政」の文字が読みとれましたが、

安政といえば1854年から59年で明治維新のちょっと前。

もっともそれがこのサルタヒコさんたちの建立年かどうかはわかりません。

a0278809_15454239.jpg

サルタヒコといえば、ご存じ天孫降臨の途上でニニギの一行を出迎えた神さまです。

もちろん国津神でありまして、『書紀』の一書によればニニギに

「天神の子(あまつかみのみこ)は、當(まさ)に筑紫の日向の高千穂の槵觸峯(くじふるのたけ)に到りますべし」

なんてことを教えます。

ただこの神格は、もともと衢神(ちまたのかみ)すなわち「賽の神」でありまして、

とすれば境を守る元祖道祖神みたいなもの。

a0278809_15454222.jpg

文字を刻んだ塔の横にこんな像がありました。

風雨にさらされておよそ原形をとどめていませんが、

しみじみ眺めると鼻のおおきなサルタヒコのようにみえないこともない。

a0278809_15460112.jpg

根拠はまるでありませんが、

ちかくの海域にあらわれる異国の船に恐れをなした人々が、

「賽の神」の親分たるサルタヒコを祭り、浦賀の海域を安堵しようとしたのではないか、

なんてこと、勝手に思い描くひとときでした。

a0278809_15460166.jpg


[PR]
by march_usagi | 2016-11-20 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback(1) | Comments(2)

仕切りなおしの初詣

a0278809_1110735.jpg

ご近所の氏神さまでは破魔矢が売切れてしまったとかで、どうも初詣をした気になれない。

a0278809_11102315.jpg

というわけで成人式も過ぎた頃おい、鶴が丘の八幡宮にお参りしました。

a0278809_11104148.jpg

子どものときから初詣といえば八幡さま と決まっていたので、気分はやはり改まります。
a0278809_11105886.jpg

正月早々ずらりいならんだ売店もちらほらで、

a0278809_11111578.jpg

参拝客の少ない分、神さまの目もゆきとどきそう!
ご利益は三が日より確かに違いありません♪


この春、各地のお宮で神社本庁の「憲法を変えよう」署名がくりひろげられたとか。
SY子さんの着物姿で、「憲法をよくしましょう♪」なんて訴えていますが、もちろん実態はそれと正反対‥‥‥戦争とファシズムの暗いささやきが聞こえます
a0278809_11114379.jpg

八幡さまにはかくも怪しからぬ企てはみあたりませんでしたが、

そもそもわたくし、基本的にこの国の神さまたちを信頼しておりまして、
なんたって優しい若者を戦に狩りだしたり、
原発で国土を荒廃させたり、
年寄りや貧乏人をいじめて平気な顔していたりすることに、賛同されるはずがない。
a0278809_11125755.jpg

なのでわたしは天にとどろくような拍手(かしわで)で、憲法の遵守と、戦争の廃絶、民主主義、自由、そしてあくなき平等への壮大な理想を願うのであります。
聞かれましたでしょうか、神さま!
a0278809_11131040.jpg

ついでながらこのおだやかな湘南に、オリンピックを目当てにした、景観だいなしにする建物のつくられないことも祈りたい。

a0278809_11132574.jpg

破魔矢は無事取得いたしました。
もちろん、家内安全もしっかりお祈りしてまいりましたよ♪
[PR]
by march_usagi | 2016-01-23 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(3)

建長寺のこと

彼岸の少しまえ、建長寺をおとずれました。
鎌倉五山の第一、臨済宗建長寺派の大本山です。
a0278809_18445536.jpg

記憶では14、5のころ来ているのですが、そのあと一度も足を踏みいれたことがありません。
隣の円覚寺のほうがもの寂びて美しいと、勝手に思いこんでいたのかもしれません。

山門の法話に、足がとまりました。
a0278809_18451595.jpg

「般若心経」のお話です。
菩薩はひとだ、ひとりひとりのひとだ、誰にもかわることのできないわたし、分割することのできない個人、あなた自身、そのひとりひとりなのだ。
その「菩薩=ひと」が「波羅蜜多」‥‥‥サンスクリットの「パルミータ」すなわち「彼岸」‥‥‥解脱し開放された世界に至る道筋をあきらかにしたのが「般若心経」だと云うのです。

「彼岸」にいたるには、
「旦那」‥‥‥長上先達にしたがうとか、
「布施」‥‥‥ものや悦びを分ちあうとか、
「精進」‥‥‥ひたすら練磨するとかいろいろ道はあるのだけれど、
一番大切なのは「智慧」を得ること。
「摩訶」‥‥‥広大無辺な
「般若」‥‥‥「智慧」‥‥‥「知識」ではありません
を得て「波羅蜜多」にいたる、この道の要諦が「般若心経」にこめられているというお話でした。
a0278809_1846476.jpg

それでなにかわかったわけではないのですが、「菩薩はひとだ」というひと言が心にのこりました。
a0278809_18462672.jpg

あらためてみると、いかにも剛健な寺院です。
a0278809_18464530.jpg

ご本尊は地蔵菩薩‥‥‥釈迦没後、弥勒があらわれるまでの56億7千万年、衆生を導く仏さまという‥‥‥
ふと「菩薩はわたしの中にいる」という思いがわきました‥‥‥たいへん大それた、罰があたりそうな考えなのですが。
ひとは誰も「煩悩」にさいなまれながら、日々の暮らしをつづけます。
辛いこと、厭なこと、汚いことだっていっぱいある。
でもそうでありながら、やはり救われたい、心の清浄を得たいとひそかに思っている‥‥‥そのより良きもの、今と違うなにものかになりたいという思い、そう思う主体が、そのひと自身の「菩薩」ではないか‥‥‥
だから地蔵は衆生の先達‥‥‥つまり先輩なのだ。命じるのではない、うえから「慈悲」をたれるのでもない。ともによりそって歩いていく‥‥‥
なにかイエスに似ているな‥‥‥わたしはしばらく、この素朴な菩薩像を眺めていました。
a0278809_1847463.jpg

豪奢な唐門の奥では、お寺主催で、東北大震災支援の「コンサート」をひらいています。
a0278809_18472522.jpg

お寺ですので、主役は和楽器です。

禅寺と云うと、禅問答みたいに孤高で取り付きにくいイメージがあったのですが、ここはどうもそれだけでないらしい。
古都によくある「撮影禁止」なんて看板もありません。
a0278809_18474455.jpg

仏殿の裏では家族連れが気楽にお弁当をつかっている。

a0278809_184804.jpg

なんたってお地蔵さんがご本尊だもんな、‥‥‥

僧侶には無論厳しい修行と学問が強いられるのでしょうけれど、ここは閉ざされていない、そう感じました。
建長興國禅寺‥‥‥肩の力をぬいて訪ねたいお寺だと思います。
[PR]
by march_usagi | 2015-10-10 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(4)

神明社がいっぱい

神明社は基本的にアマテラスを祀った神社です。
a0278809_22232151.jpg

ご近所にも「春の木さん」とよばれるお宮があって、ここも神明社‥‥‥ただし祭神はイザナキとイザナミです。

横浜市内の神社は全部で288ありまして、そのうち神明社は38社、
全体の13%ですから、そんなに多くはありません。
(出典:神奈川県神社庁HP、保土ヶ谷神明社HP)

a0278809_22241912.jpg

わたしの住む旭区は、1969年保土ヶ谷区から分かれて誕生しました。
廃藩置県の前は武蔵國都筑郡の一部だったそうですが、
a0278809_22243482.jpg

a0278809_22244835.jpg

畠山重忠が討死した、という以外とりたててこれという歴史のないところです。

ただ気になるのが神明社‥‥‥やたら多い。
a0278809_22251755.jpg

どこに行っても神明社。

これも神明社のホームページで調べてみたら、旭区内16の神社のうち、9社が神明社でした。
a0278809_22253329.jpg

全体の56%ですから、明らかに多い。

全国平均もだしてみました。
鎌田東二さんの『日本の神々』に記載されたデータから計算すると、全国13万ほどある神社の中で、神明社系は18,000‥‥‥率にして13%ですから横浜市の平均と一致します。
やはり旭区は変だ。

調べてみました。
解答は、この地の過去にあるようです。
a0278809_22255531.jpg

                         <同HPより>

磯貝正さんの研究によれば、その昔、武蔵國都筑郡には伊勢神宮の「御厨」(みくりや)があった。
宗教が権力の一部を担っていた時代、力のある寺社は独自の領地を所持経営していましたが、伊勢神宮のものは皇室同様 御厨と呼ばれておりました。
保土ヶ谷から旭区にかけての一帯は、地元豪族の榛谷氏が、土地の占有権を得る目的で伊勢に神領地として寄進し、榛谷御厨(はんがやみくりや)の名が冠せられたということです。
このあたりに伊勢系の神社が多いのは当然の帰結でした。

a0278809_22262145.jpg

なお榛谷御厨系神明社のトップは天王町にほど近い神戸神明社です。

a0278809_22263729.jpg


おもしろいのは旭区のとなりにあたる都筑区‥‥‥都筑郡の地名を復活させた新しい区ですが、
ここの神社数は13社。
a0278809_22265340.jpg

このうち神明社系と思われるのは牛久保にある天照皇大神ただ一社だけでした。

a0278809_22271312.jpg

多数派は杉山神社の7社‥‥‥54%を占めます。
スサノオの息子のイタケルを祭神とする神社というのですが、それがなぜこんなに多いのか、つぎなる疑問がふつふつとわきはじめております♪
[PR]
by march_usagi | 2015-07-18 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(2)

春を待つ春の木神社

気がついたら20年、この地に住んでいます。
何度か住まいを替えたけれど、
ひとつところにこれだけいたのは初めてのこと‥‥‥
a0278809_1225042.gif

部屋の窓から千木がほの見えるのは神明社‥‥‥
地元では「春の木神社」の名で親しまれています。 いい名です。
a0278809_123429.gif

庚申塚に刻まれた年号は天和元年と読めますから、西暦だと1681年、
社もそのころからあったのかもしれない。
a0278809_1231599.gif

年のかわる晩には善男善女であふれる境内も、ふだんはこのとおりひっそりとした佇まいです。

a0278809_1232537.gif

末の娘が産まれたときにはまだこの地にいなかったので、ほんとはそう呼べないのですが、
わたしの家では勝手に産土(うぶすな)さんと呼んでいます。

a0278809_123342.gif

ひとが土地との繋がりをうしなっていく時代‥‥‥
だからこそ、こうしたものに結びつきをもとめたくなるのかもしれない、
a0278809_1234517.gif

それも悪くないじゃないか、
なんて思っています。
[PR]
by march_usagi | 2015-02-07 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(2)

帰ってきた神さま

4月に、銀座の神社をご紹介しましたが、
実はその時点で神隠れされていた方もいらっしゃいました。
a0278809_18455315.gif

これは2011年になにげなく撮っていた写真、
場所は並木通り1丁目でしたが、
a0278809_18461094.gif

今年、確かここいらへんにあったはずと探してみたら‥‥‥
神社そのものが消えています。
こんなこともあるのだな、とちょっぴり感慨にふけったものでありました。

a0278809_18463142.gif

さて先日このあたり歩いてみると、現場はおしゃれなビルに変貌しておりまして、
横丁に寄ってみたら、
a0278809_18464580.gif

なんと白木も初々しい新しいお社がたっています。
神さまは帰っていらっしゃったのだ!

この「幸稲荷」さん、
以前目抜き通りにあったときにも開発で立ち退きをせまられましたが、住民の抵抗で消滅を免れ、並木通りに引っ越してこられたという、
だから今回は、二度目のお引っ越しであったわけです。

古くはこの地に太刀の市がたったことから「太刀売稲荷」と呼ばれていたそうですが、
a0278809_184739.gif

太刀と申しましても、江戸時代には本来の太刀は作られていません。
たぶん刀剣類一般を売買するところ‥‥‥そんな意味だったのでありましょう。
無論、商売の神さまです。

a0278809_18472246.gif

ともあれ地価の高いところです。

a0278809_18473740.gif

新・幸稲荷さんの敷地は、さらにコンパクトになりました。
でもこのくらいはまだ世間並み‥‥‥
たとえば
a0278809_18475896.gif

7丁目の熊谷稲荷さん‥‥‥
子ども神輿だってもう少しボリュームがある、
a0278809_18481294.gif

神棚みたい‥‥‥って云ったら、罰があたるかなぁ?
[PR]
by march_usagi | 2014-11-08 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(0)

香取の神は剣の神

a0278809_15401681.gif

香取神宮の神さまはフツヌシです。
この「フツ」は、岩波版『書紀』の注によればものを断ちきる”putu” ”butu”という擬態語から派生したということでして、
刃物とりわけ剣を意味していることは云うまでもありません。
以前奈良の石上神宮をご紹介したとき、納められた三振の宝剣にはやはりこの「フツ」または「フル」という音がついておりました。
a0278809_1540541.gif

剣の神の名にしおう、剛健なお社です。
a0278809_1541946.gif

実はあまり期待しておりませんでした。
下総國一之宮、鹿島とならんで東国鎮護の要とされている神さまではありますが、
なんとなく鹿島の弟分のような、
探偵ホームズのワトソン君みたいなイメージがあったのです。
a0278809_15414598.gif

それがまぁどうでしょう、なんと清潔な堂々とした姿‥‥‥
a0278809_1542790.gif

『古事記』の国譲りのくだりで、天孫側の全権大使はタケミカヅチとなっていますが、『書紀』ではまずフツヌシが推挙され、それにタケミカヅチを「配(そ)へて」遣わされたことになっておりまして、
つまり、主役はフツヌシ。
どちらが古い型なのかわかりませんが、ここいら辺の記述にはタケミカヅチを守り神とした新興の藤原氏と、フツヌシを守り神とする旧名門物部氏の確執が、あるいは権力のバトルが秘められている感じがいたします。
a0278809_15423976.gif

藤原氏凋落の後も鹿島同様軍神としての武家の崇拝が篤く、現在の主要な建造物は徳川綱吉がつくらせたものとか‥‥‥
a0278809_1542575.gif

武家文化の粋をあつめた、風格に満ちた社殿といってよいかと思います。
個人的には、鹿島よりこちらのほうが好きだな♪
a0278809_15431735.gif

末社の護國神社もものさびたよいお社でした。
a0278809_15433129.gif

[PR]
by march_usagi | 2014-07-12 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(2)