子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
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カテゴリ:秘密の本棚( 26 )

『カッサンドラ』と悲劇の意味

クリスタ・ヴォルフをご存じでしょうか。

旧東ドイツの女流作家。かつてナチス敗北後の社会主義建設に、人類のきたるべき姿を見出そうとあこがれた少女。

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党にはいり、その文化戦線の輝かしい活動家となりました。しかし東ドイツの社会主義は、徐々に彼女の理想とはなれていく。あるいは彼女の書くもの、行動に対して規制を強めていく。党の路線と彼女の社会主義的理想との、言葉は同じでもかけ離れていく実態‥‥‥。ある事件を契機に、彼女は党によって監視される存在になりました。


恒文社のクリスタ・ヴォルフ選集は、そうした時期の、つまり党の公式路線とあいいれなくなった時期の彼女の小説、評論集です。

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『チェルノブィリ原発事故』(本当は『故障』というぐらいのさりげない題だったのですが、ちょっとセンセーショナルな題名に意訳されてしまいました)、

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『どこにも居場所はない』、『夏の日の出来事』、『作家の立場』、『ギリシアへの旅』など、7冊におさめられたコンパクトともいえる選集。

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『カッサンドラ』は、そのなかで、もっとも小説らしい小説です。


カッサンドラは、トロイ戦争のさなか、ギリシア軍に包囲されたトロイの王女のひとりでした。

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アポロンとの契約で、カッサンドラは未来を預言する力をさずけられます。しかしそのときアポロンの誘惑を拒んだ報いとして、そのことばは人々から拒否される、そんな呪いをうけてしまいます。ひとは彼女の警告に耳を貸さない‥‥‥たとえそれが人々の将来をあやまらせることになるとしても。

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   15世紀 仏『トロイア史再述』挿絵 『ギリシア神話の世界』東洋書林より


何年も何年もつづいた戦争は、ギリシア側の謀略によって終結します。例のトロイの木馬です。カッサンドラの警告は、この時も人々のとるところとならなかった。彼女は捕えられ、ギリシアに送られていきます。その先には屈辱の死が待っています。

恋人が彼女を救おうとします。勇敢な少数の兵士をひきいて落ちのび、新しい権力を樹立しよう。新しい天地で、新しい王国を築き、新しい文明を起こそう。あなたはわたしの伴侶となり、国の預言者となる。しかしカッサンドラは拒否します。屑そのもののような敵将におかされながらも、彼女は静かにトロイと運命をともにしていく。彼女の前に、どこまでも澄みきったギリシアの青空がひろがります。

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王女カッサンドラは、言うまでもなく作者クリスタ・ヴォルフの分身です。高潔な目標をかかげた社会が、その内部から腐っていく。最初は目につかないところから、ゆっくりとゆっくりと侵食する腐敗。カッサンドラは(ヴォルフは)それを知っている。しかし彼女の警告に耳を貸すものはない。やがて腐敗は一挙にすすみ、その崩壊はとめることができなくなる。

ならば、その社会を超えればいい。そんな腐った社会は見限り、新しい権力と制度を創造するために闘えばいい。恋人はそう呼びかけます。しかしカッサンドラは(ヴォルフは)そうすることができない。あるいはしようとしない。なぜならその社会は、たとえ今やお題目にすぎないにせよ、彼女の理想を看板にした社会だからなのです。
むしろ彼女はみずからの理想と(理想の亡霊と)、そして腐りはてた社会と心中する道をえらんでいく。

これはあきらめでしょうか。

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あきらめかもしれません。しかしあきらめにしては至極意志的にも思えます。意志的にあきらめている、といったほうがいいかもしれない。

あるいはそれは抗議かもしれない。抵抗かもしれない。無抵抗の異議申立てかもしれない。

それにしても感じられるのは、彼女の静かで透明な洞察と意志、男性的な論理につらぬかれることのない、海や空のような存在感。‥‥‥永遠性。

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            ベルリン鉄の壁 1997年


社会主義という理想が、少なくともソ連や東欧で試されたような形では存在し得ないという現実がつきつけられて四半世紀、リセットされた世界はしかし搾取と苦渋に満ちている。人々は何をたよりに生きなければならないのでしょうか。

新しい希望が芽生えるために、ひとは何年、あるいは何世紀待たねばならないのか。

文明とは何か。文明の目的とは何か。

その基準が普遍的価値で裏打ちされないとしたら、良心的でありつづけるということにどんな意味があるというのか。

ほうりだされた知識人にとって、世界はあまりに重く不気味です。


ただ少なくとも考えることだけは、やめてはいけない。思考の停止は単に不可解の闇をあつくするだけだから。

わたしの耳に、ヴォルフの声はそんな風にきこえます。

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  アキレウスに殺されるアマゾネス女戦士 前掲『ギリシア神話の世界』より


敵軍に包囲された数年のうちに、王女カッサンドラは陋劣な男たちを見限って、新しい価値観をもった女たちの集団にちかづいていきます。男の支配を拒否したとき、彼女は王女カッサンドラではなくなる。「王女」という男性の支配体制にくみこまれた存在でなく、ひとりの生きた存在としての女性‥‥‥そうしたものに変わっていこうとします。しかしそれはまだ可能性にすぎない。その可能性はトロイの敗北によって断ち切られ、カッサンドラの死は、「王女の死」以外の何ものでもないかたちで無惨に強制されていく。

その挫折の美しさは古典的ですらあります。


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現代における悲劇の意味はどこにあるのか。

それはまたひどく大きな問題で、今日それを書きつくす時間はないけれど、少なくともこの世界が希望に満ちた世界でないことだけはわかっています。わたしたちがこの世界を生きていくために、おそらく可能な選択は二つしかない。

ひとつは見ない振りをすること、世の中にはなにも問題はないと笑うこと。

もうひとつは現実を直視する勇気をもつこと、たとえ有効な解決策は見つからなくとも叡智をもって立ち向かうこと。

無論選ばねばならない道はひとつしかありません。

悲劇はたぶんその選択にあたっての道義的援護のためにあるのでしょう。わたしはそう思っています。

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by march_usagi | 2018-11-24 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

三度読みのすすめ

二度読んだ本はたくさんあります。

一度ではよくわからんかった、って場合もありますし、

買ったことすら忘れて、ページくっているうちに前に読んだこと思いだす場合とか‥‥‥


でも三度読む、それ以上読むとなるとやはり限られてきます。

それなりに重さがあるものに違いない。

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古典では、『源氏』

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『平家』、

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『古事記』に『雨月物語』といったあたりがそうでして、このひとたちは仲のいい友だちみたいな気がします。

日本の著作で近代以降のものはありません。


海外のものももちろん多くはなく、

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マルローや

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ヘミングウェイの小説のいくつか、

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クリスタ・ヴォルフ、

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クローデルの『灰色の魂』と云ったあたりでしょうか。

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ずいぶん久しぶりにレマルクの『凱旋門』を読みました。

最初に読んだのは学生のころだから40年はむかし、二度目は20年前かと思います。

ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、ナチの迫害をのがれた医師が、愛するひとの命と、自らの生活とをうばったゲシュタポを殺害するという話‥‥‥

復讐劇を縦糸に、ファム・ファタルと云ってよい女性との恋愛が横糸にからんで、大戦前夜の不穏な欧州の日々が濃密にえがきだされます。


三度目の良さは、これだけ重くこみいった内容であっても気軽に読めるという点‥‥‥

筋と結末はわかっていますから、そこでやきもきする必要はありません。

ただそこに至る構造と伏線を発見し味わうこと、

また読みかえす年月がはなれていたのなら、その間たくわえた自分の人生が投影されます。

ラヴィックとジョアンの情事など、所詮子どもにはわかりません。

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古い背表紙をながめるのは楽しいものです。

本の肩に指をかけ、ひきだしたものが三度目以上のものならば、それは終生の友人とめぐりあったということ‥‥‥

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そんなこと思いながら、秋の夜長をすごします。


by march_usagi | 2018-11-17 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(0)

齢をかさねることには意味がある‥‥‥『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』

ふだん強気のわたしですが、たまに落ちこむことだってあります。

これ以上齢をかさねて、なにか良いことがあるのだろうか‥‥‥


そんなときこの映画を観ます。

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ライ・クーダーが、

キューバの老いたミュージシャンたちを掘りおこしてつくったアルバム

『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』


これを追ったヴィム・ヴェンダース監督の同名のドキュメンタリーフィルムで、

99年の作品です。

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<同名アルバムより>

当時77歳、ルベーン・ゴンザレスのきらめくようなピアノや、


A・バルデスの息をのませるドラム、マラカス、

オチョアの夢みたようなギター、

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当時90歳を超えていたコンパイ・セグンドの、洒脱で軽妙な節回し‥‥‥

この齢に到らなければだせない唄声かもしれません。

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そしてオマーラ・ポルトゥオンド!

時空を超えた歌姫、なんと芳醇な声!


貧しいキューバのふところに、こんなにも贅沢な音楽が眠っていました。

しかも老いたミュージシャンたちが、少しも枯れることなく育みつづけていた。

やはり心がゆさぶられます。


「男ざかり」なんてことばがありました。

40代あたりを云うのでしょうか。

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でも「盛り」はそこで終わるものだろうか。

心さえ老いなければ、ひょっとして生きている限りつづくのではないだろうか。

むしろ齢をかさねるほど、

ひとは、

技は、

より磨かれ、深くなっていくのではないだろうか。

ひとが齢をとることには、みえない意味があるのかもしれません。


わたしはどうなのだろう?

これから生きていくことで、

磨かれるなにか、もっと深くなれるなにかがあるだろうか?


あるかもしれない、

ないかもしれない。

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<同名アルバムより>

なので、心がさみしくなったとき、この映画を観ます。


by march_usagi | 2018-07-07 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(4)

目からウロコ‥‥‥『知ってはいけない』

買うときは、いわゆる「トンでも本」かな、と思いました。

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『知ってはいけない』 著者矢部宏冶 講談社


題からして、なんとなくいかがわしい。


でもすぐに、きちんと裏どりした書であることがわかりました。

いままで不思議に思っていたことが、すらすらと解ける。


たとえば米軍が犯罪や事故を起こしても、日本の警察が逮捕できない‥‥‥不思議だったんですよね。

この本によれば、これって日米合同委員会でこうした密約がかわされていたから


「裁判権放棄密約」 日本側はいちじるしく重要な事件以外は、裁判権を行使しない(19531028日)

「身柄引き渡し密約」 米軍関係者による犯罪が、公務中に行われたものかどうかわからないときは、容疑者の身柄を米軍に引き渡す(19531022日)


公務中であれば、もちろん米軍が確保します。

「わからない」という場合も、「公務中」かどうかを云えるのは米軍だけですから、結局被疑者の身柄は米軍に引き渡すことになる‥‥‥


なるほど、被疑者が日本の裁判にかけられることなく、いつのまにか帰国しちゃってるって、こういうことだったんですね!


2015年の戦争法案のとき、政府側の論拠として「砂川判決」がもちだされましたね。

なんで今ごろそんな判例もちだしたのか、よくわからなかったのですが、あれは重要だった。


砂川判決は要約すれば、

「安保条約のような重大で高度な政治性を持つ問題については、最高裁は憲法判断をしなくていい」

ということだそうでして、

つまり安保条約や、「安保条約のような」ものは、憲法を超越したものである、

戦争法も「そのような」重大で高度な政治性を持つ問題なのだから、市民は「憲法違反」だなどとつべこべ云っても意味がない、


とこういうわけだったんですね。

なるほど!


そんなこんなが、わかりやすく、コンパクトにまとめてあります。

長々とご紹介するわけにいきませんが、ずっと不思議だった日本と安保・米軍との関係がずいぶん見通しよくなりました。

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目からウロコの本であります。






by march_usagi | 2018-02-10 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

地中海のいざない

やはりこの本でした。

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アナール派歴史学の看板みたいな書‥‥‥フェルナン・ブローデルの『地中海』です。

16世紀‥‥‥つまり近代資本主義が開花し、都市国家から領土国家がうまれてくる時代、大西洋が征服され未知の大陸がとりこまれていく時代‥‥‥その時代の文明と経済と政治と、いっさいの世界を牽引した地中海の歴史とを、膨大な文献と資料によって凝縮した書、『地中海』

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第一巻は自然と風土、すなわち環境からひもとかれます。

そもそも地中海とはどこか‥‥‥

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オリーブの北限と椰子の南限とにかこまれた内海の地域‥‥‥

いえいえ、もちろんそんな単純な話ではありませんで、高地、海岸、砂漠、海洋、島嶼、台地、海峡‥‥‥ありとあらゆる角度からこの地を解剖していく。

要約すら不可能な記述がつづきます。

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これはもう魔書といってよい。

読みすすみました。本の虫みたいに‥‥‥

そしたらうずき始めてしまったのですよ、

その、

なにが‥‥‥

一度は抑えこんだのです、この欲望。お金かかるし、暇ないし‥‥‥

でも二度目読んだらもういけません。

で、

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考えはじめちゃいました。

ヴェネツィア‥‥‥近代社会・近代資本主義のうまれた都市(まち)、

古代国家とはことなった、新しい権力・経済をつくった最初の都市国家、

そして現代につながる西欧文明をうみだした土地、

ここにだけはどうしても行きたいなぁ!


by march_usagi | 2017-01-21 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback(1) | Comments(2)

終わっていない、始まってもいない


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年が明けました。

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年の初めにご紹介するのは小川未明の『黒い人と赤いそり』‥‥‥



北のはずれの氷の國で、ある日、割れた氷に三人の村人がさらわれます。

彼らを救おうと五人の男たちがそりで向かいますが、この五人も帰ってきません。

のこされた村人は額をあつめて相談します。

けれど結局、誰も救いにいくものはありませんでした。


やがて村には不吉なできごとが起こりはじめます。

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「ああ、この国に、なにか悪いことがなければいいが。」と、みんなはいいました。

「あのとき、あの五人のものを救いに、だれもいかなかったじゃないか。」



わたしたちの世界は終わってもいないし、始まってもいない‥‥‥

その舵は、わたしたちが握っています。


by march_usagi | 2017-01-01 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(0)

読書サーフィン

たとえば発端はこの本でした。

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三紙の書評でとりあげられていたので、つい買ってしまいましたが、

正直なところがっかり‥‥‥

レゴ細工みたいなつくりものの世界‥‥‥この作者、頭のなかだけで組み立てたんですね。

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そんなときは口直しをしなければなりません。

で、手にとったのが、

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吉村昭の「羆嵐」(くまあらし)。

1915年、北海道は天塩で起きたヒグマによる被害と、村落のありさまを描いたドキュメンタリーで、

綿密な取材と、冷静で客観的な筆致とで、大自然の脅威と、翻弄される人間の本質とをえぐりだします。

この事件では、実際に6人の村人がヒグマに殺されました。

読むのは三度目でしょうか‥‥‥正直ほっとしました。

これが小説というものです。

文学はもちろん創作です。でもそれは作者が産みだすものであって、小手先でこねくりあげるものではない。

泉の水が涌きいづるように、作者の筆先から自然に溢れでなければならない。

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つづいて同じ作家の「熊撃ち」

熊撃ちの猟師7人を取材し、それぞれを短編にまとめたものです。

この経験が長編「羆嵐」執筆の動機になったという作者のことばは頷けるものがありました。

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熊つながりで、今度はいきなりフォークナー。

フォークナーというと、わたしたちの国ではとっつきにくい大作家、といった印象がありますが、

この「熊」なんかは誰にでも楽しめるのではないでしょうか。

吉村さんの小説と違って、こちらの熊は象徴としての大自然‥‥‥

ディープサウスにうごめく、ネイティブインディアン、白人、黒人の濃密な血の絡みあいとその社会が、機関車のように突進する大熊の前に昇華される‥‥‥のこるのはただ大地の力。

いいですねぇ、フォークナー‥‥‥

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でまた唐突に思われるでしょうが、読みたくなったのが「ソフィーの選択」。

なんでと云われれば、登場人物のせりふにフォークナーがでてくるというそれだけの理由でして、

ご存じの方多いと思いますが、この小説の舞台は大戦直後のブルックリン、ここで小説家を志望する青年が、あるカップルと付きあうことになります。

男性は知性と教養が輝く魅力的な科学者、女性は美しく可憐なポーランド亡命者‥‥‥なにひとつ欠けていないようでありながら、どこか危険な暗闇が潜んでいそうでもあるふたり。

青年は磁石にひきつけられるように二人の生活にまきこまれます。

その青年が執筆中の小説を男性に見せたとき、男は

「きみはフォークナーを読んでいるね」

と見抜くのです。

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メリル・ストリープ、ケヴィン・クライン主演で映画にもなりましたね。


本を読む、って不思議です。

読んでいるうちに過去の読書体験が呼びさまされる。するとその書にまた触れてみたくなる。

まるでネット・サーフィンのよう。

かくして、再読のリストはつづくのであります。


by march_usagi | 2016-12-10 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

普通の人びと

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かつて、ナチスの収容所をいくつも取材したことがあります。

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オランダとドイツ国内の撮影をコーディネートしてくれたのは、ロルフさん‥‥‥
さっぱりとして礼儀正しく、まじめで正義感の強いひとでした。

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ザクセンハウゼン収容所にのこる人体解剖台‥‥‥

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ブーフェンバルト収容所で、囚人の死体を焼却した炉‥‥‥


ことばに詰まるようないくつもの施設を、丁寧に案内してくれました。
几帳面で優秀な、いかにもドイツ人らしい方でした。

取材のあいだも、帰ってからも、ずっと不思議に思えていたことがあります。
ロルフさんをはじめ、ドイツで接触した人びとは、みな親切で丁寧で、穏やかな方たちばかりでした。
世代も立場も違うとはいえ、人類史にのこる大虐殺をおこなったドイツ人とはとても思えない。
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         『シリーズ20世紀の記憶』1937-1945毎日新聞社

しかし、ひるがえれば、同じことがわたしたち日本人スタッフに対しても云われたことでしょう。
中国で、朝鮮で、アジアの広い地域で、あなたたちの父兄は何をしたのか、
ここにいるあなたたちは誰なのかと‥‥‥

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       『普通の人びと』クリストファー・ブラウニング著 筑摩書房

だいぶ前ですが、こんな本を読みました。
ナチスでも、国防軍でもない、一般の警察官で組織した予備大隊‥‥‥云ってみればドイツの二軍か三軍にあたるような組織ですが、‥‥‥招集されてユダヤ人の殺戮を命じられる。
無論経験などあるわけもないし、考えたことすらない人びと‥‥‥そんな男たちが個人的にはなんの恨みもない男女を殺さなければならなくなるのです。
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                    前掲書より

最初のうち心理的抵抗をしめしていた隊員たちですが、任務がすすむにつれて、
「多くの隊員は殺戮に関して感覚が麻痺し、無頓着になり、さらに幾つかのケースでは熱心な殺戮者にさえなった。」
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                      同

平時であればごく平和で穏やかな人びとが、なぜかくもおぞましい犯罪者に化してしまうのか‥‥‥考えさせられてしまいます。

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ある観点から答えをあたえてくれたのが、この本です。
フィリップ・ジンバルドーによる『ルシファー・エフェクト』

社会学や心理学の本で時おり目にしていた「看守と囚人の実験」の詳述です。
心身ともに完全に健康な大学生を二組に分け、片方は看守役を、残りは囚人役をするように命じます。条件はそれだけ。
模擬監獄にいれ、数時間も経たないうちに看守のいじめが始まりました。それはサディスティックにエスカレートし、囚人役の数人が精神的な変調をおこすに至ります。
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ひとは状況によって悪になる‥‥‥それがジンバルドーの結論です。
多少の個人差はありますが、異常な状況に落とされたとき、ひとは平時に描いていた自己像ほど強くも正しくもいられない‥‥‥状況に人格まで支配されるのだ、と。

そうであるならば、‥‥‥ここからがジンバルドーの面目躍如のところですが、‥‥‥そうであるならば、ひとに悪を強いるその状況・システムそのものをなくさねばならない。

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米軍によるイラクのアブグレイブ収容所の虐待は、記憶に新しいと思いますが、ジンバルドーは虐待が、実行した個々の兵士の責任に矮小化されることに反対します。
そもそもジュネーブ条約の捕虜虐待禁止条項を無視し、「拷問もやむを得ない」と公言したのは、ときのアメリカの権力者ではないか。彼らこそ蛮行の責任者として裁かれるべきではないか、と。

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ひとは元来善でも悪でもない
悪になるとすれば、それは状況が、社会が、システムがそうさせるのだ‥‥‥そうジンバルドーは説きます。

ある意味で、それは救いと希望をもたせてくれる理論でもあります。
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by march_usagi | 2016-07-02 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

もしも

もしもあなたが、
この国と暮らしを守るため、
あるいはテロリストや、理不尽な国の要求に屈せず、世界の秩序を維持するため、

若者が銃をとり、
海のかなたで戦うことがやむを得ないと思うなら、

そして大義を全うするために、犠牲がでるのはときにやむを得ないと思うなら、
この本を読んでいただきたい。
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  「兵士は戦場で何を見たのか」デイヴィッド・フィンケル著 亜紀書房

自由と民主主義をかかげて異国の地に降りたった若者を、
銃と爆弾がどのように切り裂くか教えてくれる。
両脚と片腕、もう片方の腕も手首から先を失い、両耳をなくし、全身やけどで生きなければならない兵士、
頭を撃たれた仲間を背負い、口にながれこんだ血の味を忘れることのできない兵士、
なぜ助けてくれなかったかと、繰りかえし死んだ戦友の幻影にうなされる兵士、

そしてついさっきまで冗談を云いあい、その瞬間に息をしなくなった若者‥‥‥

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  「帰還兵はなぜ自殺するのか」デイヴィッド・フィンケル著 亜紀書房

イラクとアフガニスタンに出征した米国軍は200万人、
7千人が帰ってきませんでした。
帰還できた若者も、その四分の一が肉体か精神、あるいは双方に深刻なダメージを負っています。

しかも傷つくのは当の兵士だけではありません。
妻も、恋人も、子どもも、親も、かつての暮らしを取りもどすことはできない‥‥‥愛するひとを失うだけでなく、自分自身の心さえ失っていく家族たち‥‥‥。

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もしもあなたが、
「積極的平和主義」なることばを信じ、同盟国とともにわたしたちを、兄弟を、息子を、孫を戦場に送ることもやむを得ないと思うなら、
そしてきたる選挙で、政権党とその同伴者に票をいれようと考えているのなら、

どうかその前にこの2冊の本を手にしていただきたい。
そう心から思います。
by march_usagi | 2016-06-25 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

これは詩なのか、小説なのか‥‥‥『優しい鬼』

「詩」がなくなってどれくらいたつだろう。
短歌、俳句の長い歴史を経、明治以降の現代詩の流れのなかで、人びとは確かに「詩歌」を身体の一部としてもっていた‥‥‥そう思うのだけれど、
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わたしたちの日常に、いま「詩」はありません。

自分自身を省みれば、「詩」に強く惹かれたのはせいぜい高校のころまで、
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光太郎や朔太郎に心ゆすぶられた記憶はあっても、

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丸山薫以降、気になる詩人との出会いはほとんどありませんでした。

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現代はリズムも旋律もない時代、‥‥‥つまりことばの音楽を必要としていない、そんな時代なのかもしれません。

そんな諦めに似た思いを、気持ちよく覆してくれたのが、
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『優しい鬼』、
レアード・ハントの小説でした。

「むかしわたしは鬼たちの住む場所にくらしていた。わたしも鬼のひとりだった‥‥‥」

暮らしはじめた夫が、騙り屋の暴君だと悟ったときから女性の運命は狂いだし、
夫の不倫を見せつけられて、今度は女性の「鬼」がたちあがり‥‥‥それはまたあたらしい「鬼」をうんで‥‥‥

時代も語り手も入れかわり、どちらかというと悲惨で陰惨な話なのですが、
そして登場人物が白人なのか黒人なのか、
奴隷なのか子どもなのか、判然とせずにひろがっていくのですが、
読みおえると心に音楽が鳴っています。

「ひとりの男が上着のポケットに黒い樹の皮の切れはしを見つけてそれを捨てるのだけれど、つぎに上着を着るとやっぱりまたそこにあるのだった。井戸に捨ててもやっぱりそこにある。暖炉にほうりこんでもやっぱりそこにある。男が金ヅチでたたくと、樹の皮は目をあけて男を見た。そして樹の皮が目を閉じると、男はそうっと持ちあげて上着のポケットに入れ、以後はどこに行くにもかならず持ちあるくようになった」

これは「詩」‥‥‥小説ではありません。

翻訳は柴田元幸さん‥‥‥ブコウスキーやポール・オースターなどを専門に、美しい翻訳では定評のある方です。
ただ、翻訳だけでこの本の音楽性はうまれない、
たぶん、原書と翻訳がともに優れて詩的なのだろうと思うのです。
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同一の作家・翻訳家で、以前にこの本を読みました。
もう一度読んでみました。

ひとり暮らしのノアは、愛する女性をもっていたらしい。
女性はどこか少し壊れていて、ノアも少し壊れている。誰もかれもが優しいが、その優しい人びとが、ノアから愛するひとを引き離す。

『優しい鬼』と同じように時間は行き来し、なぜ愛するひとと引き離されたか、次第に悲しい真相が浮かびでてきます。
やりきれないほど美しく悲しく恐ろしいお話、
そう、これも詩‥‥‥小説ではないかもしれません。

現代に純然たる「詩歌」は受けいれられないのかもしれない。
しかしひとの乾いた心は、どこかにリリシズムを求めつづける‥‥‥
そうした願いにこたえられる、ふたつの本の紹介でした。
by march_usagi | 2016-06-04 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)