子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
by march_usagi
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忘れられた王国

アンコール王朝がシャム王パラマラージャⅡ世に敗北したのは14世紀末のことといわれています。
日本では室町時代の初期にあたるころでしょうか。
滅亡後、王朝の記憶は急速に失われていきます。
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                        〈タ・ケウ遺跡〉

わずかにアンコール・ワットと少数の寺院が宗教施設としての命脈を保ちますが、それ以外の何十とない遺跡群は密林のなかに沈みました。そこに住むクメールの人々でさえ、強大な王国の記憶を失ったといいます。
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                       〈ベン・メリア遺跡〉

アンドレ・マルローの『王道』には、奥地に辿りついたクロードがアンコール・ワットの参道でペルケンと会話する情景が描写されています。いかにもとりのこされた文明の諦念と荒廃とがにじみでています。
彼はようやく小さな炎を消した。夜がふたたび、厚く壁面を塗りこめ、その闇は二人の頭の上のところでかすかに微光(たぶん仏陀の前にともされた線香だろう)によってかき乱され、空の星は半ば二人の前にある巨大なくずれた石の堆積によって隠されていた。その山は眼には見えなかったが、闇のうちに存在すること自体によって、あたりを威圧していた。
「泥か?きみにも臭うだろ‥‥‥」

          『王道』アンドレ・マルロー著 滝田文彦訳 新潮社


内戦後、日本をふくむ多くの国際機関が遺跡の発掘と修復に取り組みはじめました。
アンコール・ワットの参道修復には、上智大学を中心とした多くの日本人の貢献がありました。
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熱帯の地ではわが国ではおよそ考えられない破壊と荒廃がすすみます。
その大きな要因は旺盛な植物の繁殖と成長によるもの‥‥‥
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                        〈タ・プローム遺跡〉

ガジュマルの大木が、楽々と積み石を覆していきます。

このような環境で、それでも多くの遺跡が生きのびてきたことの方が、むしろ奇跡だったのかもしれません。
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# by march_usagi | 2012-09-08 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)

アンコールの彫刻家

歴史というものをわたしたちはなにか直線に似たものとして学びました。
原始共同体から部族社会がたちあがり、余剰生産物から階級がうまれ、領主たちの連合としての封建制ができ、やがて商業資本主義、産業資本主義の台頭とともに絶対王権、そして近代民主主義がうまれ、精巧な構造をもった近代市民国家が誕生する‥‥‥と。
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しかしそれは実はとても限られた、例外といってもよいような歴史ではなかったか‥‥‥
西欧の一部や日本などのごく限定されたものでしかなかったのではないか‥‥‥
クメールの地を踏んで以来、ずっとそんなことを考えています。
所詮は根拠のない思いつきだし、史学を専攻されている先生たちなら一蹴してしまう考えかもしれませんが‥‥‥。

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‥‥‥遠い昔、善をつかさどる神たちと、それに逆らう神々との闘争がありました。彼らは不老不死の霊薬アムリタを得るために、巨大な龍蛇の両端をひきあって大海を攪拌します。乳海からはやがて太陽と月があらわれ、ラクシュミーの女神があらわれ、最後に医の神が霊薬アムリタの壺をかかえてあらわれますが‥‥‥

クメールの地にのこる「乳海攪拌」の神話です。
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6世紀にはじまるアンコール王朝は、12世紀、スールヤバルマンⅡ世、ジャヤバルマンⅦ世の時代に最盛期を迎えます。その版図は遠くシャムやヴェトナムにもおよびました。
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その強大な軍事力をささえたのは、巨大な用水池をもちいた稲作の画期的な革新であったといいます。
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信仰深い王たちは、ヒンドゥーや仏教の大伽藍を次々に建設していきました。
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わたしが心をひかれるのは、これらの建造物に彫られた無数の彫刻群‥‥‥
これも定説として、奴隷が、あるいは自由を奪われた民が、鞭と飢えの脅迫のもとに彫らされたものであると‥‥‥言われます。
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でも実際に彫刻を見ていくと、わたしはこの定説に疑問を感じてしまう。
彫り師たちは、あるいは彫刻家といってもよいかと思うのですが、彼らは必ずしも労働を苦としていなかった‥‥‥
むしろ自発的に、嬉々として彫ったような気がする、それは作品を見れば歴然としているように思える‥‥‥と。
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これも根拠のない意見と笑われるかもしれません。たとえばアジア型専制主義の実態を無視した暴論といわれるかもしれない。支配は苛烈だし労働は過酷だった、と‥‥‥しかしそれは現代でも変わらないのではないか?
わたしが言いたいのは、いかなる状況にあろうとも、どんな過酷な環境におかれようとも、ひとは労働に喜びを見いだすだろう‥‥‥ということ。
まして王国の繁栄に鼓舞された彼ら石工たちには、わたしたち以上に創ることへの喜びがあふれていたのではないか‥‥‥ということ。
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そうでなければこんなものを後世に残すなんて、できるわけがありません!
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# by march_usagi | 2012-09-01 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)

マルローと『王道』

アンコールを訪ねたのは、たぶん40年前に読んだこの本のせいでした。
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フランスから遺跡調査にきた青年クロードが、自己の影にとりつかれた冒険家ペルケンとインドシナの密林を、毒虫や害獣、恐ろしい部族たちの襲撃をかいくぐりながらも走破し、何百年も前の王たちのつくった都アンコールで、法外な価格で取引される彫刻像を盗掘するという話‥‥‥
もちろん行為そのものはクメールの遺産を盗みとるという不届き千万なものですし、作品を貫くヨーロッパ人優越のオリエンタリズムもいま読みかえせば我慢できないほど鼻につく。
けれど文明をひと飲みにするような圧倒的な生命の氾濫のなかで、人間の「生」の意味をつかむために自分の命さえ賭けてしまうペルケンの おぞましいといってもいいほどの執念と存在感には深く心を揺さぶられたものでした。
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作者アンドレ・マルローが実際にカンボジアの密林にわけいり、遺跡のレリーフを盗みだそうとしたのは今から90年ほど前のこと‥‥‥

その後第2次世界大戦、フランスからの解放と独立、ベトナム戦争、恐怖政治につぐ内戦と クメールの地は激動にさらされつづけます。
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恐ろしい歴史は今日ようやく終末をむかえましたが、国土と人々の心に刻まれた傷跡が消え去るにはまだ長い年月がかかることと思われます。

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不思議な笑みをたたえたこの浮彫こそ、若き日のアンドレ・マルローが盗みだそうとした女神像‥‥‥彼はこれを「東洋のモナリザ」と呼びました。
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# by march_usagi | 2012-08-25 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)

鎌倉 佐助稲荷

佐助稲荷の「佐助」はてっきりひとの名前だと思っていました。
真田幸村の家来に猿飛佐助という忍者がいらっしゃいます。ま、この方ではないとしても、そんなに偉くないひとが個人的に建てた神社くらいに思っておりました。
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昔、高校の恩師に「無知は罪だよ」と諭されたことがありました。罪にはならないとしても、やはり知らないということは恥ずかしいことです。
なんと「佐助」の「佐」は「すけどの」の「すけ」‥‥‥若いひとにはなんのことやらさっぱりでしょうが、右兵衛権佐(うひょうえごんのすけ)の「佐」(すけ)でありました!
右兵衛権佐は朝廷の官職の名前でありまして、具体的に有名なのは源頼朝です。頼朝は配下の御家人たちから、親しみと畏れないまぜに官名の最後の文字をとって「佐」殿(すけどの)と呼ばれておりました。つまりこの佐助とは、「佐」殿を助ける、という意味。
伝承によりますと伊豆に配流中の佐殿の夢枕に稲荷大明神がお立ちになり、挙兵すれば天下がとれるぞよと託宣されたとか‥‥‥その恩に報いるために畠山重忠が建立したと伝えられる‥‥‥まことにありがたい神さまです。

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でもそんなスケールの話のわりに、お社はいたってつつましい。
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偉ぶった感じは微塵もありません。

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かわりに目をひくのは境内をうめる無数のお狐さまです。
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京の伏見のお稲荷さまにもお狐さまはたくさんいらっしゃいますが、頂上のあたりが開放的なせいかあまり恐ろしくはありません。
でもこちら佐助稲荷のお狐さまは、地形もあってかちょっと力がこもってらっしゃる。

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しつこいヤブカに悩まされながらお狐さまとお話していると、なにやら時間がとまったような気がしてまいります。
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# by march_usagi | 2012-08-18 00:00 | わたしのお寺と神社 | Trackback | Comments(4)

お盆

祖霊への親しみは、この国の信仰のあり様を特徴づけているように思われます。
怖れとも畏れともちがう、死者へのいとおしみに似た心遣い‥‥‥
だから迎え火をたき、「お帰りなさい」とむかえるのでしょう。
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わたしの家でも、お寺さまをよぶことはありませんが、提灯を飾り香を焚き、父や母、先に逝った兄弟たちをしのびます。
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でも電車はすいてるし、電話もかかってこないので、この時期会社は休みません。
お盆大好き♪
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# by march_usagi | 2012-08-11 00:00 | 道ばたの神さま | Trackback | Comments(4)