子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
by march_usagi
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アウシュビッツの沈黙

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カワセミはいなくとも

あいかわらずカワセミはおじさんたちの心をとらえてはなしません。
水辺の絵になるスポットには、休みの日ともなるとカメラの列‥‥‥
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この日はコサギを撮ろうと思ってきたのですが、目指すあたりに姿は見えませんでした。
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かわりに葦の茂みにぬっと立っていたのがアオサギ
‥‥‥毎度思うのですが、このサギは案山子も根負けするくらい動かない
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前日の豪雨で水はさほどきれいではありませんが、陽光が流れに踊っています。
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近くの浅瀬で子どもたちの遊ぶ声をきいていたときに、ふと目の前に現れたのが‥‥‥
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カワトンボ!
覆っていたヴェールがはらりと溶けて、気づかずにいた世界が開けてきたような気がいたしました。
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by march_usagi | 2012-09-29 00:00 | 生きものたち | Trackback | Comments(4)

ヴェトナム、心のふるさと

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ハノイを案内してくれたクンさんには北爆の記憶がありません。35歳くらいにお見受けしましたから、そうであれば77年以降の生まれ、ヴェトナム戦争は終結していました。なくて当然です。わたしに東京大空襲や原爆の記憶がないのと同じことです。

「北爆の傷跡は残っていないのでしょうか」としつこく聞いたのですが、「確かここに爆弾が落ちました」ときれいな庭を案内してくれただけでした。
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考えてみれば戦争から40年近い歳月が過ぎています。ドイ・モイ政策で急速に経済成長を遂げているこの国には、過去の戦禍を今さら強調する意図も必要もないのかもしれません。

街は活気にあふれています。
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車やバイク、自転車が河のように流れてきて、わずか10メートルほどの道路でもよほどの決心がないと渡れません。

嬉しいのは、働かされている子どもをひとりも見ないこと‥‥‥
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クンさんに言わせれば、ヴェトナムは今教育ブーム。日本と同じく学校が終わるとみな塾通いが普通で、クンさんのご家庭でも最後に帰宅するのは塾帰りのご子息とか‥‥‥いやはや大変です。

若いころ、この国のひとびとの闘いに心をよせたことを、わたしはひそかに誇りにしていました。思いいれもありました。
だから現実の旺盛で、むしろしたたかな暮らしぶりをみたときに、少し戸惑ったことは事実です。
でも考えてみれば、あのとき勝利したからこそ現在のヴェトナムはあるのだし、今日の姿は、あの闘争のまごうことなき成果といえるのかもしれない。
だからわたしは、普通の旅行者として普通にこの国とひとびとを眺めていればよいのだと‥‥‥そういうことなのかもしれません。

観光地は盛況です。
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                          〈ハロン湾〉

街もソフィスティケイトされてきました。
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                          〈オペラハウス〉

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この地にはもう戦火の跡は見当たらない。


ところが帰国後、思わぬ記事を見つけました。
わたしたちのとまっていたホテルは、国営だったものをフランス系の資本が買い取り、全面的に改装したもので、施設もサービスもいかにも現代風なしゃれたところでした。
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ところがこのホテルの地下に、北爆時の防空壕跡が発見された。 平和への記念碑として、一般に公開されるというのです。
当時このホテルには多くの国からひとびとが訪れ、会議や交歓が行われました。 防空壕は、客と従業員とを守るために掘られたものでしょう。
ジョーン・バエズもここで、爆弾の投下されているあいだ、ギターをひき、歌をうたい、ひとびとを勇気づけたのだといいます。
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もう少し前にわかっていれば、見ることができたのでしょうが、でもわたしたちが眠っていたその下に、ひとびとの勇気と希望の記念碑が埋まっていたこと‥‥‥それを知っただけで、なにか心が熱くなったのも事実でした。

そう、ヴェトナムは、今も心のふるさとなのかもしれません。
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by march_usagi | 2012-09-22 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(0)

戦争の残したもの

内戦が終結してから、ようやく国の復興がはじまりました。
とはいえそのペースは決して順調とはいえません。
隣国タイはもちろん、対外的にははるかに大きな戦禍をこうむったヴェトナムからも大きく水をあけられた感じです。
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疲弊した国土に、アンコールの遺跡群は外貨獲得の確実な収入源となりました。
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近隣アジア諸国から、また遠くは旧宗主国フランスから、多くの観光客が訪れます。
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荒廃そのものすら観光資源となっている感があります。
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                     〈ベン・メリア遺跡〉

かつてポル・ポト派がたて籠ったというクバル・スピアンの山岳地帯。急勾配に巨石の転がる一帯は、確かにゲリラ戦に好適な地形に思えます。
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息を切らして登りきった渓流のなかに、ヒンドゥーの神々が端坐していました。
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                    〈クバル・スピアン遺跡〉

さすがにこの一帯はまだあまり知られておらず、
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レストランもないので、お弁当持参となりました。
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このお弁当をいただいているあいだ、年の頃なら15、6のもの売りの少女に付きまとわれました。
特にほしいものがあるわけでなく、知人にお土産にするような品物でもないので、断りつづけたのですが、
少女は「わたし貧乏、あなた金持ち、買って」とくりかえします。業を煮やして、「わたしも貧乏だ、買えない」と言いかえしました。
とたんに彼女の態度がかわりました。血相を変え、大きな声で「あなたは貧乏ではないっ!」と叫ぶのです。

わたしは定年直前のごく普通のサラリーマンです。今まで自分が金持ちだなどと思ったことはありません。ツァーの資金もあれこれ工夫して捻出したもの。日本でわたしを金持ちだというひとは絶対にいません。
でも‥‥‥ここではそうだったのです。彼女たちにしてみれば、わたしは遠い国から飛行機でやってきて、ガイドを雇い、車をチャーターし、立派なホテルに泊まり、豪華な食事をし、きれいなものだけ観て帰る富裕な外国人なのです。

学生のころは、まだヴェトナム戦争の真っ盛りでした。
わたしは数え切れないほどたくさんのデモに参加しました。ヴェトナムとインドシナ人民に連帯して、反戦平和を闘いとるのだと、わたしは真剣に考えていました。
ヴェトナムが勝利し、プノンペンが解放されたとき、わたしたちは文字通り踊りあがって喜んだものです。
しかしご存じのように、わたしたちの支持したはずのクメール・ルージュは政権をとったのちに未曽有の恐怖政治をおこないました。わずか1500万の人口しかないこの国で200万近くの人々が殺されたといいます。
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カンボジアにくるのにはこだわりがありました。わたしにはやはり見届けたいという気持ちがあったのだと思います。
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今もこの国には、学校にいけない子どもが大勢いる‥‥‥それが厳然とした事実です。
働かなければ食べていけない子どもが無数にいる。
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少女の売る笛は、ぽうぽうと悲しい音で響きます。
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by march_usagi | 2012-09-15 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(4)

忘れられた王国

アンコール王朝がシャム王パラマラージャⅡ世に敗北したのは14世紀末のことといわれています。
日本では室町時代の初期にあたるころでしょうか。
滅亡後、王朝の記憶は急速に失われていきます。
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                        〈タ・ケウ遺跡〉

わずかにアンコール・ワットと少数の寺院が宗教施設としての命脈を保ちますが、それ以外の何十とない遺跡群は密林のなかに沈みました。そこに住むクメールの人々でさえ、強大な王国の記憶を失ったといいます。
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                       〈ベン・メリア遺跡〉

アンドレ・マルローの『王道』には、奥地に辿りついたクロードがアンコール・ワットの参道でペルケンと会話する情景が描写されています。いかにもとりのこされた文明の諦念と荒廃とがにじみでています。
彼はようやく小さな炎を消した。夜がふたたび、厚く壁面を塗りこめ、その闇は二人の頭の上のところでかすかに微光(たぶん仏陀の前にともされた線香だろう)によってかき乱され、空の星は半ば二人の前にある巨大なくずれた石の堆積によって隠されていた。その山は眼には見えなかったが、闇のうちに存在すること自体によって、あたりを威圧していた。
「泥か?きみにも臭うだろ‥‥‥」

          『王道』アンドレ・マルロー著 滝田文彦訳 新潮社


内戦後、日本をふくむ多くの国際機関が遺跡の発掘と修復に取り組みはじめました。
アンコール・ワットの参道修復には、上智大学を中心とした多くの日本人の貢献がありました。
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熱帯の地ではわが国ではおよそ考えられない破壊と荒廃がすすみます。
その大きな要因は旺盛な植物の繁殖と成長によるもの‥‥‥
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                        〈タ・プローム遺跡〉

ガジュマルの大木が、楽々と積み石を覆していきます。

このような環境で、それでも多くの遺跡が生きのびてきたことの方が、むしろ奇跡だったのかもしれません。
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by march_usagi | 2012-09-08 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)

アンコールの彫刻家

歴史というものをわたしたちはなにか直線に似たものとして学びました。
原始共同体から部族社会がたちあがり、余剰生産物から階級がうまれ、領主たちの連合としての封建制ができ、やがて商業資本主義、産業資本主義の台頭とともに絶対王権、そして近代民主主義がうまれ、精巧な構造をもった近代市民国家が誕生する‥‥‥と。
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しかしそれは実はとても限られた、例外といってもよいような歴史ではなかったか‥‥‥
西欧の一部や日本などのごく限定されたものでしかなかったのではないか‥‥‥
クメールの地を踏んで以来、ずっとそんなことを考えています。
所詮は根拠のない思いつきだし、史学を専攻されている先生たちなら一蹴してしまう考えかもしれませんが‥‥‥。

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‥‥‥遠い昔、善をつかさどる神たちと、それに逆らう神々との闘争がありました。彼らは不老不死の霊薬アムリタを得るために、巨大な龍蛇の両端をひきあって大海を攪拌します。乳海からはやがて太陽と月があらわれ、ラクシュミーの女神があらわれ、最後に医の神が霊薬アムリタの壺をかかえてあらわれますが‥‥‥

クメールの地にのこる「乳海攪拌」の神話です。
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6世紀にはじまるアンコール王朝は、12世紀、スールヤバルマンⅡ世、ジャヤバルマンⅦ世の時代に最盛期を迎えます。その版図は遠くシャムやヴェトナムにもおよびました。
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その強大な軍事力をささえたのは、巨大な用水池をもちいた稲作の画期的な革新であったといいます。
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信仰深い王たちは、ヒンドゥーや仏教の大伽藍を次々に建設していきました。
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わたしが心をひかれるのは、これらの建造物に彫られた無数の彫刻群‥‥‥
これも定説として、奴隷が、あるいは自由を奪われた民が、鞭と飢えの脅迫のもとに彫らされたものであると‥‥‥言われます。
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でも実際に彫刻を見ていくと、わたしはこの定説に疑問を感じてしまう。
彫り師たちは、あるいは彫刻家といってもよいかと思うのですが、彼らは必ずしも労働を苦としていなかった‥‥‥
むしろ自発的に、嬉々として彫ったような気がする、それは作品を見れば歴然としているように思える‥‥‥と。
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これも根拠のない意見と笑われるかもしれません。たとえばアジア型専制主義の実態を無視した暴論といわれるかもしれない。支配は苛烈だし労働は過酷だった、と‥‥‥しかしそれは現代でも変わらないのではないか?
わたしが言いたいのは、いかなる状況にあろうとも、どんな過酷な環境におかれようとも、ひとは労働に喜びを見いだすだろう‥‥‥ということ。
まして王国の繁栄に鼓舞された彼ら石工たちには、わたしたち以上に創ることへの喜びがあふれていたのではないか‥‥‥ということ。
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そうでなければこんなものを後世に残すなんて、できるわけがありません!
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by march_usagi | 2012-09-01 00:00 | 海の外そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)