子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
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カテゴリ:秘密の本棚( 22 )

地中海のいざない

やはりこの本でした。

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アナール派歴史学の看板みたいな書‥‥‥フェルナン・ブローデルの『地中海』です。

16世紀‥‥‥つまり近代資本主義が開花し、都市国家から領土国家がうまれてくる時代、大西洋が征服され未知の大陸がとりこまれていく時代‥‥‥その時代の文明と経済と政治と、いっさいの世界を牽引した地中海の歴史とを、膨大な文献と資料によって凝縮した書、『地中海』

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第一巻は自然と風土、すなわち環境からひもとかれます。

そもそも地中海とはどこか‥‥‥

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オリーブの北限と椰子の南限とにかこまれた内海の地域‥‥‥

いえいえ、もちろんそんな単純な話ではありませんで、高地、海岸、砂漠、海洋、島嶼、台地、海峡‥‥‥ありとあらゆる角度からこの地を解剖していく。

要約すら不可能な記述がつづきます。

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これはもう魔書といってよい。

読みすすみました。本の虫みたいに‥‥‥

そしたらうずき始めてしまったのですよ、

その、

なにが‥‥‥

一度は抑えこんだのです、この欲望。お金かかるし、暇ないし‥‥‥

でも二度目読んだらもういけません。

で、

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考えはじめちゃいました。

ヴェネツィア‥‥‥近代社会・近代資本主義のうまれた都市(まち)、

古代国家とはことなった、新しい権力・経済をつくった最初の都市国家、

そして現代につながる西欧文明をうみだした土地、

ここにだけはどうしても行きたいなぁ!


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by march_usagi | 2017-01-21 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback(1) | Comments(2)

終わっていない、始まってもいない


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年が明けました。

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年の初めにご紹介するのは小川未明の『黒い人と赤いそり』‥‥‥



北のはずれの氷の國で、ある日、割れた氷に三人の村人がさらわれます。

彼らを救おうと五人の男たちがそりで向かいますが、この五人も帰ってきません。

のこされた村人は額をあつめて相談します。

けれど結局、誰も救いにいくものはありませんでした。


やがて村には不吉なできごとが起こりはじめます。

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「ああ、この国に、なにか悪いことがなければいいが。」と、みんなはいいました。

「あのとき、あの五人のものを救いに、だれもいかなかったじゃないか。」



わたしたちの世界は終わってもいないし、始まってもいない‥‥‥

その舵は、わたしたちが握っています。


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by march_usagi | 2017-01-01 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(0)

読書サーフィン

たとえば発端はこの本でした。

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三紙の書評でとりあげられていたので、つい買ってしまいましたが、

正直なところがっかり‥‥‥

レゴ細工みたいなつくりものの世界‥‥‥この作者、頭のなかだけで組み立てたんですね。

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そんなときは口直しをしなければなりません。

で、手にとったのが、

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吉村昭の「羆嵐」(くまあらし)。

1915年、北海道は天塩で起きたヒグマによる被害と、村落のありさまを描いたドキュメンタリーで、

綿密な取材と、冷静で客観的な筆致とで、大自然の脅威と、翻弄される人間の本質とをえぐりだします。

この事件では、実際に6人の村人がヒグマに殺されました。

読むのは三度目でしょうか‥‥‥正直ほっとしました。

これが小説というものです。

文学はもちろん創作です。でもそれは作者が産みだすものであって、小手先でこねくりあげるものではない。

泉の水が涌きいづるように、作者の筆先から自然に溢れでなければならない。

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つづいて同じ作家の「熊撃ち」

熊撃ちの猟師7人を取材し、それぞれを短編にまとめたものです。

この経験が長編「羆嵐」執筆の動機になったという作者のことばは頷けるものがありました。

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熊つながりで、今度はいきなりフォークナー。

フォークナーというと、わたしたちの国ではとっつきにくい大作家、といった印象がありますが、

この「熊」なんかは誰にでも楽しめるのではないでしょうか。

吉村さんの小説と違って、こちらの熊は象徴としての大自然‥‥‥

ディープサウスにうごめく、ネイティブインディアン、白人、黒人の濃密な血の絡みあいとその社会が、機関車のように突進する大熊の前に昇華される‥‥‥のこるのはただ大地の力。

いいですねぇ、フォークナー‥‥‥

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でまた唐突に思われるでしょうが、読みたくなったのが「ソフィーの選択」。

なんでと云われれば、登場人物のせりふにフォークナーがでてくるというそれだけの理由でして、

ご存じの方多いと思いますが、この小説の舞台は大戦直後のブルックリン、ここで小説家を志望する青年が、あるカップルと付きあうことになります。

男性は知性と教養が輝く魅力的な科学者、女性は美しく可憐なポーランド亡命者‥‥‥なにひとつ欠けていないようでありながら、どこか危険な暗闇が潜んでいそうでもあるふたり。

青年は磁石にひきつけられるように二人の生活にまきこまれます。

その青年が執筆中の小説を男性に見せたとき、男は

「きみはフォークナーを読んでいるね」

と見抜くのです。

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メリル・ストリープ、ケヴィン・クライン主演で映画にもなりましたね。


本を読む、って不思議です。

読んでいるうちに過去の読書体験が呼びさまされる。するとその書にまた触れてみたくなる。

まるでネット・サーフィンのよう。

かくして、再読のリストはつづくのであります。


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by march_usagi | 2016-12-10 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

普通の人びと

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かつて、ナチスの収容所をいくつも取材したことがあります。

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オランダとドイツ国内の撮影をコーディネートしてくれたのは、ロルフさん‥‥‥
さっぱりとして礼儀正しく、まじめで正義感の強いひとでした。

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ザクセンハウゼン収容所にのこる人体解剖台‥‥‥

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ブーフェンバルト収容所で、囚人の死体を焼却した炉‥‥‥


ことばに詰まるようないくつもの施設を、丁寧に案内してくれました。
几帳面で優秀な、いかにもドイツ人らしい方でした。

取材のあいだも、帰ってからも、ずっと不思議に思えていたことがあります。
ロルフさんをはじめ、ドイツで接触した人びとは、みな親切で丁寧で、穏やかな方たちばかりでした。
世代も立場も違うとはいえ、人類史にのこる大虐殺をおこなったドイツ人とはとても思えない。
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         『シリーズ20世紀の記憶』1937-1945毎日新聞社

しかし、ひるがえれば、同じことがわたしたち日本人スタッフに対しても云われたことでしょう。
中国で、朝鮮で、アジアの広い地域で、あなたたちの父兄は何をしたのか、
ここにいるあなたたちは誰なのかと‥‥‥

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       『普通の人びと』クリストファー・ブラウニング著 筑摩書房

だいぶ前ですが、こんな本を読みました。
ナチスでも、国防軍でもない、一般の警察官で組織した予備大隊‥‥‥云ってみればドイツの二軍か三軍にあたるような組織ですが、‥‥‥招集されてユダヤ人の殺戮を命じられる。
無論経験などあるわけもないし、考えたことすらない人びと‥‥‥そんな男たちが個人的にはなんの恨みもない男女を殺さなければならなくなるのです。
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                    前掲書より

最初のうち心理的抵抗をしめしていた隊員たちですが、任務がすすむにつれて、
「多くの隊員は殺戮に関して感覚が麻痺し、無頓着になり、さらに幾つかのケースでは熱心な殺戮者にさえなった。」
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                      同

平時であればごく平和で穏やかな人びとが、なぜかくもおぞましい犯罪者に化してしまうのか‥‥‥考えさせられてしまいます。

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ある観点から答えをあたえてくれたのが、この本です。
フィリップ・ジンバルドーによる『ルシファー・エフェクト』

社会学や心理学の本で時おり目にしていた「看守と囚人の実験」の詳述です。
心身ともに完全に健康な大学生を二組に分け、片方は看守役を、残りは囚人役をするように命じます。条件はそれだけ。
模擬監獄にいれ、数時間も経たないうちに看守のいじめが始まりました。それはサディスティックにエスカレートし、囚人役の数人が精神的な変調をおこすに至ります。
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ひとは状況によって悪になる‥‥‥それがジンバルドーの結論です。
多少の個人差はありますが、異常な状況に落とされたとき、ひとは平時に描いていた自己像ほど強くも正しくもいられない‥‥‥状況に人格まで支配されるのだ、と。

そうであるならば、‥‥‥ここからがジンバルドーの面目躍如のところですが、‥‥‥そうであるならば、ひとに悪を強いるその状況・システムそのものをなくさねばならない。

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米軍によるイラクのアブグレイブ収容所の虐待は、記憶に新しいと思いますが、ジンバルドーは虐待が、実行した個々の兵士の責任に矮小化されることに反対します。
そもそもジュネーブ条約の捕虜虐待禁止条項を無視し、「拷問もやむを得ない」と公言したのは、ときのアメリカの権力者ではないか。彼らこそ蛮行の責任者として裁かれるべきではないか、と。

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ひとは元来善でも悪でもない
悪になるとすれば、それは状況が、社会が、システムがそうさせるのだ‥‥‥そうジンバルドーは説きます。

ある意味で、それは救いと希望をもたせてくれる理論でもあります。
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by march_usagi | 2016-07-02 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

もしも

もしもあなたが、
この国と暮らしを守るため、
あるいはテロリストや、理不尽な国の要求に屈せず、世界の秩序を維持するため、

若者が銃をとり、
海のかなたで戦うことがやむを得ないと思うなら、

そして大義を全うするために、犠牲がでるのはときにやむを得ないと思うなら、
この本を読んでいただきたい。
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  「兵士は戦場で何を見たのか」デイヴィッド・フィンケル著 亜紀書房

自由と民主主義をかかげて異国の地に降りたった若者を、
銃と爆弾がどのように切り裂くか教えてくれる。
両脚と片腕、もう片方の腕も手首から先を失い、両耳をなくし、全身やけどで生きなければならない兵士、
頭を撃たれた仲間を背負い、口にながれこんだ血の味を忘れることのできない兵士、
なぜ助けてくれなかったかと、繰りかえし死んだ戦友の幻影にうなされる兵士、

そしてついさっきまで冗談を云いあい、その瞬間に息をしなくなった若者‥‥‥

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  「帰還兵はなぜ自殺するのか」デイヴィッド・フィンケル著 亜紀書房

イラクとアフガニスタンに出征した米国軍は200万人、
7千人が帰ってきませんでした。
帰還できた若者も、その四分の一が肉体か精神、あるいは双方に深刻なダメージを負っています。

しかも傷つくのは当の兵士だけではありません。
妻も、恋人も、子どもも、親も、かつての暮らしを取りもどすことはできない‥‥‥愛するひとを失うだけでなく、自分自身の心さえ失っていく家族たち‥‥‥。

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もしもあなたが、
「積極的平和主義」なることばを信じ、同盟国とともにわたしたちを、兄弟を、息子を、孫を戦場に送ることもやむを得ないと思うなら、
そしてきたる選挙で、政権党とその同伴者に票をいれようと考えているのなら、

どうかその前にこの2冊の本を手にしていただきたい。
そう心から思います。
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by march_usagi | 2016-06-25 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

これは詩なのか、小説なのか‥‥‥『優しい鬼』

「詩」がなくなってどれくらいたつだろう。
短歌、俳句の長い歴史を経、明治以降の現代詩の流れのなかで、人びとは確かに「詩歌」を身体の一部としてもっていた‥‥‥そう思うのだけれど、
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わたしたちの日常に、いま「詩」はありません。

自分自身を省みれば、「詩」に強く惹かれたのはせいぜい高校のころまで、
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光太郎や朔太郎に心ゆすぶられた記憶はあっても、

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丸山薫以降、気になる詩人との出会いはほとんどありませんでした。

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現代はリズムも旋律もない時代、‥‥‥つまりことばの音楽を必要としていない、そんな時代なのかもしれません。

そんな諦めに似た思いを、気持ちよく覆してくれたのが、
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『優しい鬼』、
レアード・ハントの小説でした。

「むかしわたしは鬼たちの住む場所にくらしていた。わたしも鬼のひとりだった‥‥‥」

暮らしはじめた夫が、騙り屋の暴君だと悟ったときから女性の運命は狂いだし、
夫の不倫を見せつけられて、今度は女性の「鬼」がたちあがり‥‥‥それはまたあたらしい「鬼」をうんで‥‥‥

時代も語り手も入れかわり、どちらかというと悲惨で陰惨な話なのですが、
そして登場人物が白人なのか黒人なのか、
奴隷なのか子どもなのか、判然とせずにひろがっていくのですが、
読みおえると心に音楽が鳴っています。

「ひとりの男が上着のポケットに黒い樹の皮の切れはしを見つけてそれを捨てるのだけれど、つぎに上着を着るとやっぱりまたそこにあるのだった。井戸に捨ててもやっぱりそこにある。暖炉にほうりこんでもやっぱりそこにある。男が金ヅチでたたくと、樹の皮は目をあけて男を見た。そして樹の皮が目を閉じると、男はそうっと持ちあげて上着のポケットに入れ、以後はどこに行くにもかならず持ちあるくようになった」

これは「詩」‥‥‥小説ではありません。

翻訳は柴田元幸さん‥‥‥ブコウスキーやポール・オースターなどを専門に、美しい翻訳では定評のある方です。
ただ、翻訳だけでこの本の音楽性はうまれない、
たぶん、原書と翻訳がともに優れて詩的なのだろうと思うのです。
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同一の作家・翻訳家で、以前にこの本を読みました。
もう一度読んでみました。

ひとり暮らしのノアは、愛する女性をもっていたらしい。
女性はどこか少し壊れていて、ノアも少し壊れている。誰もかれもが優しいが、その優しい人びとが、ノアから愛するひとを引き離す。

『優しい鬼』と同じように時間は行き来し、なぜ愛するひとと引き離されたか、次第に悲しい真相が浮かびでてきます。
やりきれないほど美しく悲しく恐ろしいお話、
そう、これも詩‥‥‥小説ではないかもしれません。

現代に純然たる「詩歌」は受けいれられないのかもしれない。
しかしひとの乾いた心は、どこかにリリシズムを求めつづける‥‥‥
そうした願いにこたえられる、ふたつの本の紹介でした。
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by march_usagi | 2016-06-04 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

澤地久枝さんと知性の力

バイブル本というものがありました。
その時代に、その道を歩むための必読の書、といえばよいでしょうか。
学生運動華やかなりしころ、五味川純平の『人間の条件』と『戦争と人間』はそうしたバイブル本のひとつでした。
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『戦争と人間』は分厚い文庫本で9冊にわたる大作です。
本編はもちろん何日もかけて読むに値する小説ですが、
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それ以上に驚異的だったのは各巻の末尾にまとめられた膨大な「註」でした。
全部で869ページ、一冊500ページほどの文庫9冊ですから、実に全体の5分の1のボリュームをしめていたわけです。
その大半を手がけたのが若いころの澤地久枝さんでした。

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『シリーズ20世紀の記録 1937~1945』毎日新聞社

こんなことを云うと叱られるかもしれませんが、
この国の戦争の歴史を知るには、この註を熟読するにしくはない、とわたしは思っています。
学校の授業や、平凡な歴史書より、はるかに活き活きとした史実がこめられている。
その説得力は、なにより自分自身の手で調べあげた膨大な資料の蓄積と、それを腑分けするすぐれた知性によるものでした。
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丹念に、丁寧に、心の領域にまでとどくようなその取材は、その後の著作にもいきています。

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原発や戦争法に、澤地さんはひるむことなく反対の声をあげます。
それはいたずらな感情や、かじりかけの知識によったものでは決してありません。
この国の歴史と徹底的にむきあい、分析に分析を重ねた知性の結論なのだとわたしには思えます。
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野蛮と傲慢、金権と暴力とが支配する世界のなかで、知性や良心に訴える声はあまりにか細い。
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だからといって、掲げた旗を降ろすことはないでしょう。
知性には打ち消すことのできない力が秘められている、とわたしは思うのです。
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by march_usagi | 2016-04-09 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(4)

千年なんて昔じゃない‥‥‥和泉式部の恋

千年ほど昔、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)という公家がおりました。丹後、摂津、大和、山城の守を歴任し、従四位下にまでなったかたですが、武勇の誉れたかく、柔弱な藤原一族のなかでは異彩を放っている人物であります。
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「宇治拾遺」の二八に「袴垂合保昌事」という話がのっておりまして、
盗賊の首領袴垂(はかまだれ)が着物を盗もうと物色していると、ある月夜、よき身なりの公家が笛を吹きつつとおりかかるのに出会います。これぞ「われに衣えさせむとて出たるひとなめりと思て」あとをつけ、たびたび襲いかかろうと狙うのですが、このお公家、どういうわけか隙がない。1キロほども様子をうかがい「さりとてあらんやは」、意を決して斬りかかろうとした瞬間、さと笛を吹きやみ、ふりかえって「こはなにものぞ」と問いかけます。
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“ONE HUNDRED ASPECTS OF THE MOON” by Tamara Tjardes MUSEUM OF NEW MEXICO PRESS

袴垂は射すくめられたように身動きができなくなりました。
その盗賊に保昌は「あやうげに、稀有のやつかな」「ともにまうで来」とよびかけ、ふたたび笛を吹いて歩きだします。袴垂は「鬼に神とられたるやうにて」あとに従い、着いてみれば摂津前司保昌の家だったというお話。袴垂は説教されて放免されます。

話長くなりましたが、この保昌の晩年結婚した相手が和泉式部です。
和泉式部と云えば紫式部や清少納言とならぶ王朝文学の才女、なかなか手ごわい方と思っていたのですが、
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『和泉式部日記』に目をとおしているうちにすっかり思いを改めました。

『日記』はこのように始まります。
「夢よりもはかなき世のなかを嘆きわびつゝ明かし暮すほどに‥‥‥」

なんのことかと云いますと、この式部さん、当時橘道貞という方と結婚し、一女ももうけていたのですが、皇太子の弟の弾正宮為尊親王といい仲になってしまう。宮さまは女好きで有名で、『榮花物語』「とりべ野の巻」には「この程は新中納言・和泉式部などにおぼしつきて、あさましきまでおはしましつる御心ばへ」なんぞと書かれております。夜遊びが過ぎて、『日記』のはじまる1年ほど前に急死されてしまうのですね。式部はその一周忌を前に、しんみりしていたわけであります。

そんな式部さんのもとへ、亡くなった宮の弟・帥宮(そちのみや)敦道親王がやってまいります。
宮は連れてきた小僧っこに、橘の花をもたせて様子をうかがいます。花を見てなんというか、試してみようという魂胆。
式部は思わず「昔の人の‥‥‥」とくちずさみます。それはご存じ古今集の
「さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」 でありまして、
橘の花の香りをかいだら、わたしも亡きあなたの兄宮への思いにつつまれましたよ‥‥‥の意であります。弟宮の期待したとおりの反応でした。
気をひかれた式部は、
「かほる香によそふるよりはほとゝぎす聞かばやおなじ聲やしたると」
と問いかけます。これはようするに、「あなたの声を直に聞いてみたい気がするわ、兄君の声に似ているのかしらん」なんて意味。
弟宮の返しがこれまた美しくて、
「おなじ枝に鳴きつゝおりしほとゝぎす聲はかはらぬものと知らずや」
とこうでありまして、血をわけた兄弟なんだから声がそっくりなのは当たり前でしょ、って返しです。

そのあとの顛末はご自身で読んでいただくのが一番ですが、
なかなか濃厚な愛の歌のやりとり、逢引き、もちろんセックスがくりかえされるわけでして、ただこの式部さん、このあいだも親王だけを相手にされていたたわけでないのが面白い。ちゃっかり他に源少将雅道さんとか治部卿俊賢さんなんかも咥えこんでおります。
宮さませっかく訪ねてきても先客がいたりして、逢えない晩もあるんですね。そうすると気が気でなくなる。
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他の男に邪魔されないように、式部さんを夜のドライブに誘いだしてどっかで一夜を共にする、‥‥‥こんな逢瀬もしてみたりします。
そうしてある晩意を決し、
「あのさ、いっそ僕んちに来てくれない?」って誘うのです。
「僕んちったって、宮さま奥さまいるじゃないっ!」と声が裏返ったかどうか知りませんが、式部さんうろたえます。
それはそうですよね、ただでさえ身分が低い、男出入りが頻繁、宮さまが訪れるにはいかがなものかとの評判もある。亡くなったお兄さまとの噂だって絶えていません。そんな女性をれっきとした奥さまのいる屋敷に連れこむというわけですから全くおだやかではない。
「奥さま、黙ってるわけないじゃないっ」てな台詞は書きこまれていませんが、読む者冷やひやいたします。
でも宮は執拗です。

行こうか行くまいか、式部さんは
「この宮づかへ本意にもあらず、いわほのなかにこそすままほしけれ、又うきこともあらばいかゞせん」と悩みつづけるのですが、
ほだされちゃっているんですね、常識がだんだん働かなくなってまいります。
「あいなし」‥‥‥つまり決して悦んでというわけではないがしかたない、と降参します。
「たゞわれゆきてゐていなんとおぼして、十二月十八日、月いとよきほどなる」晩に式部さん、ついに本宅にまいりました。侍女ひとり伴っただけであります。
もちろん、宮の本宅では大騒動がもちあがります。
怒り心頭に達した奥さまは、
「実家に帰らせてもらいます」といった感じで、皇太子妃のお姉さまのところに出ていかれてしまう‥‥‥
『和泉式部日記』は、ここでぷっつりと途切れ、宮や北の方との関係がそのあと具体的にどうなったかは書かれておりません。
そもそもこの「日記」、ご本人が書いたにしては奇妙に客観的、物語的なところがありまして、たとえば式部の動きと並行して、宮さまの動きも見ていたように描かれる。式部の知るわけもない北の方の心情や姉妹とのやりとりも書かれたりして、これが彼女の直筆の「日記」なのかについては異を唱える方もいらっしゃるようです。(わたしもそちらに傾いております)
ですが、いいんですねぇ。
王朝文学というと、つい隠微で優柔不断、形式ばかりで実質がうすい、庶民の心情からかけ離れているなんて先入観で観てしまうのですが、
式部さん、身分の差などものともせず、心の命ずるままにひとりの男として宮をみる。ときにすげなく、ときに情熱的にふるまいつづける。
紫式部に「和泉はけしからぬかたこそあれ」なんて云われるくらいですから、同僚の間でも芳しくない噂がしきりだったのでありましょう。ビッチとそしられ、めげてしまうときもあったのでしょうが、それでも自分の気持ちを大切にして生きてまいります。
わたしたちの時代と一千年の空白があるなんて思えません。

ただ悲しいことに3年後にはこの帥宮敦道親王も亡くなります。橘道貞さんとの婚姻も解消されてしまったようで、王朝の恋の花にもようやく陰りが見えてまいりました。

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別冊太陽『月岡芳年』平凡社

その式部さんの再婚相手が、冒頭で紹介した藤原保昌です。
月下氷人はふたりの雇主であった関白道長。
このとき保昌もう相当な齢であったと思われますが、傷ついた和泉式部をみて、女性の心を読むにたけた道長が、むしろよしと推したのかもしれません。
男には冷酷な道長ですが、女性にはたいそうものわかりがよい。女に手慣れた男でない方が、こうしたときには救いなのです。
丹後守の時代にはすでに同居されていたようなので、袴垂の事件のときには式部さんもご在宅だった可能性が高いと思います。
保昌は袴垂を放つとき「綿あつき衣一を給は」ったそうでありまして、この着物は式部さんがとりだしてきたものかもしれません。
盗賊が去ったのち、ふたりでどのような話をされたか、聞いてみたいような気がいたします。
かつての情熱の女と老いた武辺者、案外似合いの夫婦であったのかもしれません。
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by march_usagi | 2016-02-14 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

Amazon と TPP

若いころ、柳田國男がブームになりました。
学生運動が下火になり、外への批判が、内なるものへの批判と転回したころのこと。
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わたしもせっせと読みあさりましたが、当時はほとんど文庫版‥‥‥
「定本柳田國男集」という箱入りのハードカバーもありましたが、学生には手がとどきません。
その後、「ちくま文庫」で32巻の全集がでたものの、
どうせなら全巻揃って、なんて思っているうちに月日がながれ、結局一冊も買うことはありませんでした。

それが、
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ある日目についたこのアイコン‥‥‥『柳田國男全集・23作品⇒1冊』
全集がAmazon のKindle版 になっている、というのがまず驚きで、
あの膨大な書籍群が、ちっぽけなスマホ一台にはいってしまう。
しかもその値段たるや‥‥‥200円ですよ、200円!
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Kindle版の購入は、サインインの手続もありません。
one-click のみ、‥‥‥たちまちダウンロードが始まります。

ひらいてみました。
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文庫版の『遠野物語』と並べましたが、当然のことながらまったく同じ。

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同じようにして、『折口信夫全集』『南方熊楠作品集』てなものが入手できます。

文学系も、
『夏目漱石全集』『森鴎外全集』『芥川龍之介全集』‥‥‥
垂涎の書籍がわずか100円か200円!‥‥‥夢じゃないかしら!

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絵画もあります。
豪華本だとそれこそ何万円もするものが、やはり100円か200円‥‥‥

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Kindle版 の書籍は、スマホだけでなく自分のPCでも観ることができます。
これなら大型の美術本に比肩できる画質です。

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というわけで、ついつい買いこんでしまったのですよ、この方たち‥‥‥

にしても、ここいらへんの価格設定って、どうなっているのでしょう?
著作権の消滅した作家の作品に対しては、従来「青空文庫」というかたちでフリーのテキストデータが流布しておりました。
だからご紹介した作品群についても、「版権が消えている」という点がキーポイントだとは思うのです。
つまり著作権の消滅した作家なので、格安にデータの販売が可能となった、‥‥‥と。
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そこで気になるのが、先日「合意した」というTPP‥‥‥
日本の著作権は従来50年でしたが、アメリカの主張で70年に延長される見通しです。
「新自由主義」の建前に悖る規制強化ではないか、なんて突っ込みは別にして、
日本に当てはめると、現在著作権50年で版権フリーとなっているのは、1965年までに亡くなった方たちの作品、ですね。
これを70年とすると、一気に1945年までさかのぼる‥‥‥つまり1946~65に亡くなった方の著作権が甦る、ということになります。
今回わたしの購入した本でも、例えば太宰治や柳田國男、吉川英治などはこれにあたりまして、
となればこのような格安価格では配布できなくなるのではないでしょうか?

ああ、こんなところで、つい貧乏人根性がでてしまう。
だったら、今のうちに亡くなった作家の廉価版は、全部買ってしまえ!

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たとえば永井荷風は1959年没だから、買い!

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安吾も55年没なので、買い!

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マンも55年没なので、買い!

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「爆買」って云うんですかね、こういうの。
いささか恥ずかし‥‥‥


もちろんTPP でAmazon の扱う著作権がどんな影響を受けるかはわかりません。だいたい、発効するかどうかもわからない。ただ気をつけて見ていく必要があるとは思います。

ちなみに端末によってダウンロードできない書籍もありますから、購入の際は「適用できる端末」ってのをご確認くださいね。
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by march_usagi | 2015-12-12 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)

ヘミングウェイとベルリオーズ

音楽をことばで描くのはむつかしい‥‥‥というより不可能なことと思います。
でもある種の音楽はとても文学的、
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ベルリオーズの『幻想交響曲』はそんなよい例です。

ご存じのように、『幻想交響曲』では
第1、第2楽章で 青年の美しい女性へのあこがれ、不安、恋、歓びを唄い、
第3楽章で心の平穏を得る‥‥‥
しかしその平穏は長くつづかず、第4楽章で青年は女を殺し、自ら断頭台にのぼる夢をみる。

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      <ゴヤ『すてきな先生』1799 「ゴヤ:版画にみる時代と独創」読売新聞社>

有名な第5楽章では、女は一転して醜い妖婆となって現れ、主人公を嘲笑する‥‥‥
なんて筋になっております。

誰にも若き日のあこがれが、凄惨な悲喜劇と化すことがないとは云えませんが、
自己の失恋を壮大な交響曲にしてそのカタルシスを得たというベルリオーズの執着は、いささか常軌を逸しているようにも思われます。

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          <"Leopard” by Desmond Morris REACTION BOOKS LTD>

さてヘミングウェイです。
ヘミングウェイといえば、マッチョの代名詞みたいに思われておりまして、
狩を愛し、酒を愛し、革命を愛し、闘牛を愛し‥‥‥と、男の中の男のイメージが定着しているんじゃないかと思います。

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先日、全集を読みかえしてみました。
ついでに死後刊行されたものもすべて。

そこでふと気づいたのが、そんなヘミングウェイらしからぬ、ある執着です。
ヘミングウェイは4人の女性と結婚いたしましたが、わたしの云うのは、その最初の奥さん、ハドリーに関すること。

文豪ヘミングウェイにも、当然駆け出しの時期がありまして、
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欧州に滞在し、1行いくらの記事を新聞社に送電しながら、売れない小説を書き綴る日々を送っておりました。ハドリーとのあいだには、長男が生まれております。
さてそのヘミングウェイが仕事で家を留守にしたとき、このハドリー、なにを考えたのか彼の書きかけの原稿を出先に届けようと思いたちます。
スーツケースに原稿と、コピー、カーボンの写しまでつめこんでハドリーは出立するのですが、駅でスーツケースごと盗まれてしまいました。
直後にヘミングウェイの浮気が発覚し、ハドリーとの間は終末にいたるのですが、原稿は永遠に失われたままでした。

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死後、トム・ジェンクスの編集で世にでた『エデンの園』は、珍しく主人公と悪妻との愛憎こんぐらかった不倫話です。
小説のなかで、この妻は夫の書いた未発表の小説を焼却炉で焼きつくします。盗まれたんじゃなくて、焼いちゃった。
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『何を見ても何かを思いだす』も死後発掘された未発表の短編集ですが、このなかの一編『異郷』では、原稿盗難事件が、これはいわゆるオフィシャルに語られた展開のままで登場します。
興味深いのはこの主人公の原稿を失った作家‥‥‥ロジャーという名前です‥‥‥が、実はさらにもうひとつの未発表の大作、
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『海流のなかの島々』の本来の主人公ではなかったかと疑われることです。(本編ではトマスという画家が主人公ですが)
『海流のなかの島々』のなかには奇妙な一節がありまして、戦争で息子をなくした主人公が、その息子を生んだ別れた妻と出会い、一夜を共にする‥‥‥そして翌朝別れてしまうという‥‥‥幻想としか思えないシーンがでてまいります。
小説としても説明不十分だし、なんでここにおかれたかさっぱりわからない。

ただここいら辺の「妻」がすべて最初の妻ハドリーを同一のモデルにしていたとすれば、
そして彼女に対する怒りと執着のミクスチャがこんな展開を生んだと考えれば解ける気もする。

つまり、ヘミングウェイは、原稿が「第三者に盗まれた」とは思っていなかった。それはなんらかのメッセージを含んだ「ハドリーの犯行」だった。ヘミングウェイは表向きはともかく、決してそれを許していなかった。
にもかかわらず、彼は(その後の3人の妻をふくめて)誰よりも深くハドリーを愛していた。

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だから、これらの本は生前出版されることがなかったのです。
小説として推敲されていない、完成されていないということもあるのでしょうが、その前に、彼自身がそこに残された愛憎を整理しきれなかった‥‥‥わたしはそう推測しています。

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音楽家の前に現れた妖婆は、かつての恋人のカリカチュアでした。
それは純粋な愛の、損なわれた醜く痛々しい幻影でしかありません。
にもかかわらず音楽家はそれから自由でいることができない。
どんなに嫌悪していようと、殺してしまいたいほど憎んでいたとしても、彼は女から自由ではない、
縛られているのです。

共通していないでしょうか?

ヘミングウェイは単純なマッチョではありませんでした、
ずっとずっと複雑でナイーブな男だった。もっと云ってしまえば未練たらしい、痛々しくも愛から逃げられない男だった、と。

実はこの歳になって、かえってヘミングウェイが好きになったような気がしています。
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                <『ヘミングウェイ全集』三笠書房より>
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by march_usagi | 2015-07-11 00:00 | 秘密の本棚 | Trackback | Comments(2)