子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
by march_usagi
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母の長崎

a0278809_1641930.jpg

母は長崎で育ちました。
山と海のはざ間にむりやり詰めこまれたような小さな街です。

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平和公園の一角に、原爆投下時の住居を表示したパネルがありました。

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爆心地から数百メートルの範囲で、そこに住んでいた人々の苗字を、記憶を頼りに書きこんだもので、
母の旧姓も記されています。
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原爆が投下されたとき、祖父と祖母、中学生の叔父と女学校に通っていた叔母とが暮らしていましたが、
勤労動員で、かろうじて壁を背に助かった叔父を除き、みな命を奪われました。

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平和公園の上手奥から、細い階段が降っています。

a0278809_16113562.jpg

原爆ですべてが破壊された街です。
道や区画も変わってしまい、はっきりここと云いきれるわけではないのですが、おそらくこのあたりに母の家があったのだと思いました。

「すぐそばに小さな川が流れていて‥‥‥」というのが母の記憶ですが、
a0278809_16115886.jpg

そのとおりの川が流れています。

a0278809_16121078.jpg

平和公園の向かい側には浦上天主堂がありますが、

a0278809_1612238.jpg

やはり母の記憶で、天主堂と山のあいだから月が昇ったとか、‥‥‥

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ここのことを云っていたのでしょうか。

a0278809_161362.jpg

爆心地には97年、新たに母子像が建てられました。

母の初めての出産に、祖母は父の駐屯地の日立まで出向こうとしていたようですが、兄の産まれる一月前、命を落としました。
a0278809_16131915.jpg

祖母が娘である母を、産まれる孫を思った気持ちが、この齢になったわたしにはよくわかります。

その祖母の遺体は、ついに発見できませんでした。
外に出ていたところで被爆したのでしょう。
祖母の名は、原爆殉難者名簿に記載されていません。生死が確認されなかったからです。

a0278809_16133725.jpg

平和公園の下手には、身元の特定できなかったひとびとの霊が、無縁死没者追悼祈念堂として祀られています。
祖母はこの中にいるのかもしれない。

祈念公園からはむかいの稲佐山がはっきり見えます。
a0278809_16135588.jpg

母はよく稲佐山からの港の景色を話してくれました。
祖父や祖母や兄弟姉妹との美しく楽しげな思いでとともに‥‥‥

でも母の長崎はひとつではなかった。
息をひきとるまでの何十年ものあいだ、悲しみと怒りをかかえながらもうひとつの長崎を見つめていたのが、わたしにはわかります。
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by march_usagi | 2016-02-27 00:00 | ちょっとこだわり | Trackback | Comments(2)
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Commented by otyukun at 2016-02-28 07:06 x
故郷へ帰って来られたのですね。
長崎の原爆は予定していた京都の天候が悪かったので急遽変更先が変わったものだと聞いています。
イエローモンキーへの動物実験であった事は二種類の原爆が使われた事でも明らか。
それにしても広島も長崎も壊滅状態から見事に立ち直っています。
福島等の津波被害とは雲泥の差、規模の違いはあっても。
人間にも気概が有ったのだと思います。
Commented by march_usagi at 2016-02-28 12:58
長崎は、母の故郷でした。
おもに三菱造船所と、その周辺を壊滅したかったのでしょう。事実、そのようになりました。

原爆とメルトダウンによる放射能被害とは、形が違うそうです。当時の原爆は、(あれでも)規模が小さかった。また一過性という点においても、原発事故とは異なります。
ただヒトの殺傷については比類のないものでした。
どちらも、それをおこしたのは人間でしたが‥‥‥