子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
by march_usagi
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ひとのいない世界

a0278809_19452863.jpg

ヒトは最近あらわれた生き物です。

わずか数百万年のうちに、地上に君臨する存在となりました。
しかしどんな生き物も、種それ自体の寿命があっていつかは消える、あるいは他のものに置き換わる。
それ自体は避けようがないことかもしれません。

ただ気になるのはその終わりかた‥‥‥
自然に力つき、眠るように最後のコロニーが消えるのか、
あるいは戦争か、環境破壊か、‥‥‥瞬時といってもよい時間に滅びさるのか。

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この夏、福島県への観光誘致キャンペーンがおこなわれています。
無論、それ自体が悪いことではない。

でもなにかがひっかかる‥‥‥
たとえば、
「浜通り」‥‥‥つまり原発のある海岸線一帯は、観光対象外。

この地の一部は、少なくともこの先数十年、
場合によっては数百年、
あるいはもっと長い間、ひとが棲むことができなくなってしまったかもしれない‥‥‥
観光キャンペーンでは、決してそのことに触れようとしません。

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一部の政治家たちが、脅威をあおって戦争法案を推進しています。
戦後築きあげた平和国家、法治国家としての体裁さえ葬り去ろうとしている。
彼らは本気で戦争をしたいのでしょうか。
戦争とは、国土と国民を担保にしてなりたつ、
その危うさがわかっているのでしょうか。
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なにも核兵器を使わなくともよいのです。
仮に数基の原発にミサイルを撃ちこめば、恐ろしい汚染がたちどころに全国を襲う‥‥‥
ひとの棲めない国土となる、
そんなことすら考えていないのでしょうか?


わたしには悟りみたいなものがあって、種としての寿命に達したとき消滅に抗うのは意味のないことだと思っています。
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高速道路や高層ビルが消えたとて、それがなんだろう。

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繁栄や享楽が幻となったとて、どうだというのか。

a0278809_1947311.jpg

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所詮文明は滅びる。


しかし、その終わりかたには無関心でいられません。
少なくとも種としての寿命のつきる前、多くの他の生命もろとも自爆するような終わりかたにだけは同意できない。

だから、
わたし自身の寿命も見えはじめた今日、
非力であろうとも
わたしの声をあげつづけようと思っています。

a0278809_19475595.jpg

いつかひとのいない世界がくるとしても‥‥‥
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by march_usagi | 2015-07-04 00:00 | ちょっとこだわり | Trackback | Comments(6)
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Commented at 2015-07-04 09:47 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by march_usagi at 2015-07-04 13:26
ターコーへ
たいていのことにいい加減なわたしですが、核と戦争だけはお好きにどうぞと云えない。
齢をとった分、大きな声をだしたいと思っています。
でなければ、それこそ無駄に齢食ったと云われる♪
Commented by otyukun at 2015-07-06 00:10 x
核と言うより放射能を制御出来ない人類は原発を収束に持っていく義務があると思っています。
残念乍ら、この世界は緊張で成立しています。
緩ければ押し込まれると考えるべきだと思っています。
地球はいずれ終焉を迎えますが、それまでは穏やかな生活を人類全てが共有すべきでもあります。
人類の愚かさが悲惨を増大し、終焉を早めているのも事実。
解決への道がいくつあるのか、どんな道が正しいのか。
まだ私には分かりません。
Commented by march_usagi at 2015-07-06 22:06
「成長」への信仰をやめることが第一ではないかと考えています。
成長すれば皆が潤う‥‥‥そう云われてきましたが、どうやら潤ったのは一部のひとたちだけでした。
成長へ絶え間なく追い立てられることで、ひとは別の方向の可能性を見失う。「成長」を一遍棚にあげるべきだ‥‥‥そんな風に思っています。
Commented by otyukun at 2015-07-07 17:30 x
成長を止め、耐乏生活になっても良いのじゃないかという意見はなるほどという一面があります。
しかし、社会主義の国ではない日本全体が縮小するという事は既に耐乏生活になっている人を直撃します。
どうしても必要とする物しか購入しない人もゴマンと。
我々伝統産業や伝統芸能に類するものは一番に消滅するでしょう。
懐に余裕のある、気持ちに余裕のある人しか我々にお金を使いません。
国に伝統を護れと言っても既にない袖を降り続けている政府は当てには出来ません。
理想と現実の割合を何処にするのかが問題だと思います。
Commented by march_usagi at 2015-07-08 22:42
成長への信仰をやめることと、耐乏生活はイコールではありません。
明治の前の経済に「成長」のプレッシャーはありませんでしたが、「耐乏生活」でなかったのはotyukunさんがよくご存じのはずです。
「脱成長」の理論は、乱暴な開発と西欧的価値観の押しつけに対して近年抬頭してきました。セルジュ・ラトゥーシュなどが筆をとっています。
伝統文化とその産業を守ることは、「脱成長」の重油な要素です。ローカルという概念と実践もその一環です。
短いコメントで意を尽くすことはできませんが、otyukunさんの憂いにわたしはとても近いところにおります。