カテーテル奮戦記 その②
一番重かったのは、結局本と辞書。
加えてしんどいときは漫画だと、娘がコミックをどっさり用意してくれました。
経験された方はご存じと思うのですが、手術前の患者は意外と多忙です。
日常的な検温、血圧測定は云うにおよばず、「カテーテルアブレーション」をおこなうためのスペシャルメニューがありまして、
まず心電図検査、
レントゲン検査、
採血、
点滴、
造影剤をいれたCTスキャンなんてありまして、このスキャンには造影剤に関する医師の説明と、承諾書が必要になります。
わたしの心臓の具体的な大きさ、形状がつかめるのだそうで、これによって作戦がたてやすくなるのだとか‥‥‥
極めつけは、「経食道心エコー」というやつでありまして、心臓の真後ろの食道から管を入れ、左心房内に血栓がないか確認いたします。
わたくしこの入院の直前、会社の人間ドックにはいっておりまして、オプション検査で胃カメラを選択いたしました。多少苦しいけれどまず正確だし、翌日までつづくバリウムの呪いがありません。
なので、「これって胃カメラみたいなもんですよね、楽勝々々」とひょこひょこ出かけたのですが、これが予想を覆す代物でありまして、
なんたって管が太い!
胃カメラの管がせいぜい鉛筆だとすれば、この心エコーの管はそれを4本束ねたくらいの太さがある。目にしてゲッとたまげたのですが、のどから突っ込まれたときの苦しさときたら、もし柔道であれば即座に畳バンバンたたきたくなるような凄まじさ!
先日「18禁カレー」でながした涙を、わたくし盛大にながしました。
検査の結果、手術問題なしと判明したのでいよいよ本番です。
一度乗ってみたかった憧れのストレッチャーにしばりつけられ、家族に見送られて出発進行♪
よく映画で天井が疾走するように運ばれていくシーンありますが、経験したらちょっと違いました。あれって結構蛇行脱線するのですね。身の危険を感じる瞬間もありまして、乗り心地は決して最上とは申せません。
これも映画のシーンでは、手術室ってがらんとしたクリーンルームで、手術用照明で煌々と照らされている。主任医師を中心に精鋭のスタッフが息を殺すように待っていて、無言のうちにオペが開始される‥‥‥
なんて思っていたらこれも大違い!
機材倉庫みたいに器具だの配線だの入乱れた場所に、わいのわいの若者が満ち溢れていて、どうやらそれぞれ受け持ちがあるらしい。わたしが入室するや、わっと寄ってたかって作業開始です。
頭もちあげて二重に帽子かぶせてくれる方‥‥‥
「鼻から温度計いれますからね」こともなげに云って鼻の穴から痛い管を突っ込まれる方、
「ちくっとしますよ」っと、覚悟の暇もなく鼠蹊部に針さしこんでくれる方、
酸素だか睡眠剤だか、鼻にマスクを固定される方、
そうこうするうちになんだかうっすらと夢うつつの状態になりました。
まわりの人々の声は聞こえる、
ときおり「うさぎさん、聞こえますか」という声にはちゃんと返事ができる。
でも夢を見ているみたい、‥‥‥そんな不思議な状態になりました。
姉の手術は完全麻酔だったそうですが、医科歯科大では部分麻酔しかしません。ただ苦痛軽減のため、点滴麻酔で居眠りに近い状態にするようで、
ただ本当に痛いとき、苦しいときには目がしっかり覚め「痛い、痛い、もう限界っ!」なんて叫ぶこともできます。事実胸のあたりがグワっと苦しくなり、2度ほどそんなこと口走った記憶があるし、マスクが鼻からずれて息苦しい、なんてお願いしたこともありました。
施術がすべて終了すると、カテーテルを抜く作業に移ります。太い血管に太い管を刺しっぱなしにしていたわけで、のんびりやっていたら血がとまらない‥‥‥なのでお医者さんが(たぶん一人だけじゃなかったと思うのだけれど)鼠蹊部にのしかかって、渾身の力で押さえつけます。これ、本当にすごい力です。居眠りはすっかり覚めて、圧迫にひたすら耐える。耐える。苦しいという声もでません。
最後にバンデージでがちがちに固めて手術は完了。
「うさぎさん、終わりましたよ」にうなずくと、お医者さんと看護師さんたちの笑顔が見えたように思えました。
2時間ちょっとかな、と云われていたのですが、実際には4時間半‥‥‥待たせた家族にも心配かけました。
さてこれで万事めでたしめでたしかと云うと、まだちょっと早すぎです。
止血を完成させるため、6時間、腰から下の身動きが止められます。膝を動かすのもダメ、腰を浮かすのもダメ、寝返りなんてとんでもない‥‥‥これ、きついです。
居眠り薬が残っていたうちは、うつらうつらと半眠半覚醒でいたのですが、覚めてしまうと腰の痛いこと痛いこと‥‥‥薄い枕をいれてもらったり、さすってもらったりするのですが、同じ姿勢をつづけるのってほんっとに辛い。
しかも‥‥‥、
7時間後(お医者さん行方不明で1時間プラス)止血確認でバンデージをひらいたら、血がピュッと噴きだす始末。
再び若いお医者さんふたり掛かりで渾身の圧迫止血です。すごい力‥‥‥今度は薬も何もありませんからひたすら痛い、苦しい‥‥‥あたしゃもう還暦過ぎてんだよってば!
「あと3時間したらまた診てみましょ」とのさり気ないお言葉が、いや増す腰の痛みとともに残されたのでありました。
それから3時間‥‥‥家族にも帰ってもらい、消灯された部屋でひたすら時のたつのを待ちました。「腰が、腰が‥‥‥」とあいた手でさすり続けました。
幸いつぎに開いてみたら血は止まり、寝返りも解除されましたが、その時のほっとしたことと云ったら‥‥‥
手術の翌々日には退院で、重病でも大手術でもないし、長期間入院していたわけでもないので、大げさと云われるかもしれませんが、やはりとっても嬉しいものです。
不思議ですね、病院のパジャマから普段着に着替えるだけで、こんなにも世界が変わって見える。
コーヒーも美味しかったけれど、「すし辰」さん折詰の寿司を肴に呑んだビールの味は今までにない旨さでした。
それにしても、ヒトの身体なんかほんとにもろい‥‥‥壊れるときはたやすく壊れます。
それを回復させ普通の暮らしをとりもどす、できなくとも少しでも改善する、そんな仕事に黙々ととりくまれているお医者さんや看護師さんに本当に頭が下がります
世のため、ひとのための仕事なんて、わたしの職業人生の中で数えるほどしかなかったけれど、このひとたちは日常茶飯事のようにそうした仕事を続けている。
‥‥‥考えさせられてしまいました。
その後については、いろいろ羽目を外す予定だったのだけれど、今のところつつましやかに日々送っているね。退院して休みもせず仕事していたり‥‥‥ま、仕事は昨日でひと段落ついたので、ぼちぼちかな。
しかし、退院迄数日とはそれも驚き。
私の場合は切腹に至る迄とその後で、のべひと月以上。
退院した時も傷口が開いたままでしたから、見放された様な気分。
兎さんの場合、ビール迄直ぐに飲めるとは。
本当は無茶だったのでは。
私の場合は一ヶ月以上不許可、その後も休日しか飲んでいません。
えらい違いだ。
大げさに書いていますが、切開したわけでもないし、患部切りとったわけでもないので、やはりこんなものなのだろうと思います。
人気のある病院で、診断から手術まで5ヶ月待たされました。それもあって、早く追い出したかったのかもしれません。
お酒については、手術後の面談で、「なにか制限はありますか?」と医者に訊いたら、「ない!」ときっぱり答えたので復活しました。
アルコール消毒は、やはり有効のようですよ♪