子どものとき、道ばたの神さまはどこの辻にもいらっしゃった。 年を経て探してみたら、ずいぶんお仲間が減っていた。 小さな生きものと同じ‥‥‥そう、でも、負けないよ♪
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畠山重忠の最期の日

わたしの住んでいる界隈にはとりたてて有名なものはありません。
10年ほど前に「ズーラシア」という
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昔 動物大好き少年であったわたしにはけっこう嬉しい大型の動物園ができたのですが、

それを除けばここはやっぱり横浜のチベット‥‥‥こういうとほんとのチベットの方は怒ると思いますが、つまり横浜の端っこにあって、なぜか標高が高く、冬の寒い日なんぞ 横浜駅が雨でもこの一帯は雪になっちゃうという‥‥‥そんなところでございました。
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名産や名物もなにもなく、友人にどんなところ、と訊かれても「ま、普通のとこ」と答えるしかありません。

唯一メジャーな歴史に関係するものがあるとすれば、それはご近所に畠山重忠の終焉の地があるということ‥‥‥
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ま、碑なんてものはご覧のとおり絵になるものではありませんし、重忠の首級を洗ったという首塚のお地蔵さまも生々しくて好きではありません。
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ただ数多い源平の武将のなかで、この畠山重忠というお侍さんは誰にも愛されるよい男‥‥‥といいますか、あまりに真っすぐで強くて情けにあふれていて、ひねくれ者のわたしなどは も少し毒があったってよかったのではなんて思ってしまいます。
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鵯越えで、愛馬をかばって担いで降りたというありそうもない話も、わたしの大好きな逸話のひとつ。

重忠の最期は、北条氏の陰謀によるものであったことは間違いありませんが、ひとのいい重忠が偽の動員をかけられ「いざ鎌倉」と駆けつけたところ、その行く手に味方であるはずの源氏の大軍が待ち構えていたという悲しい結末‥‥‥その最後の戦場がわたしの住む街でした。

運命の日の3日前、埼玉は菅谷の庄をたった重忠の一行は総勢わずか134騎、まずは鎌倉に着くことが目的ですから全員旅装のまま、つまり軍装をしていなかったのですね。
重忠のとった鎌倉街道は急坂を転げ落ちるように降りたこのあたりで川をはさみ、
対岸に小高い丘を望むことになります。
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その丘の上に、重忠を待ち構える無数の白旗が翻っておりました。

ここいらへんは正史の『吾妻鏡』にあたるべきなのでありますが、原文はとても歯がたたないので吉川弘文社版の現代語訳を掲載いたします‥‥‥
元久2年6月22日(1205年7月10日)の項です。

‥‥‥略‥‥‥また畠山次郎重忠が参上するとの風聞があったので、道中で誅殺せよとの沙汰があり、相州(北条義時)以下が出陣され、軍兵は悉くこれに従った。‥‥‥中略‥‥‥つぎに軍兵らが出陣した。大手の大将軍は義時である。先人は葛西兵衛尉清重、後陣は堺平次兵衛尉常秀‥‥‥以下20人ほどの武将の名と10ほどの郷党の名がつづきます‥‥‥関戸の大将軍は式部丞(北条)時房・和田左衛門尉義盛である。前後の軍兵は雲霞のごとくで、山に連なり野に満ちた。‥‥‥
『現代語訳 吾妻鏡』第7巻 五味文彦・本郷和人編 吉川弘文館


ゆく手を阻むのが鎌倉勢と知って、重忠はようやく北条氏に陥れられたことを悟りました。

『吾妻鏡』には、重忠の陣を構えた場所を「鶴ヶ峰のふもと」と記載しています。現在、国道16号線が走っているこのあたりでしょうか。
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しかしここですと鎌倉方面の見通しが効かず、敵陣の様子がよくわかりません。陣を構えたのはもう少しあがった高台、ちょうどこの鉄柵のあたりだったのではないかというのがわたしの推測です‥‥‥
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両軍の激突地点は帷子川のこのあたり‥‥‥「矢畑」と云う地名が残っています。矢が粟や麦の穂のように突きたったからだとか‥‥‥
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わずかな手勢にもかかわらず畠山軍は果敢に戦い、戦闘は二刻 つまり4時間におよびました。

これまた神奈川県の地名にも残る源氏の武者 愛甲三郎に内兜‥‥‥つまり鎧兜で被われていない顔面のことをさしますが、この内兜を射られ、重忠は自決、次男の小次郎重秀、乳兄弟の郎従本田次郎たちもそろって自決して一党は滅びました。

夫の危急をきいてやはり菅谷から追ってきた奥方も、ここで自ら命をたちます。
駕籠塚と云うのは奥方がここまで駕籠で来られて命を絶たれたから‥‥‥
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確かになんもないつまらない土地ですが、ここに生きてきた人たちは800年の長きにわたってこの武将の最期の日を記憶してきたのでありました。
ちなみに近くの信月堂というお店で最近まで「重忠最中」と云う和菓子を製造していましたが、今は休業されているそうです。
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by march_usagi | 2013-11-30 00:00 | そぞろ歩き | Trackback | Comments(2)
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Commented by otyukun at 2013-12-04 06:10 x
お住まいの土地にも歴史がありますね。
馬を担いだ武将がいたのは憶えていますが、そこが横浜とは。
関東武士が闊歩する土地でもあったのでしょうね。
奥方迄自決されるとは、武士の生き様が形成されていた様で興味深いお話でした。
Commented by march_usagi at 2013-12-04 09:34
otyukun様
畠山重忠は坂東武者の典型のような方でした。歌舞伎の世界にも時々登場しますが、必ず善玉ですね。
神奈川には、三浦、梶原、渋谷、愛甲、俣野など「平家物語」や「源平盛衰記」などに登場する武士の名の元となった地名がたくさんあります。
お侍さんの名産地だったのでしょうね。
横浜ベイスターズにも、もう少し活躍してもらいたいものです。